12月9日・失明の詩人ミルトン | papirow(ぱぴろう)のブログ

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 12月9日は、英国の詩人ジョン・ミルトンの誕生日(1608年)。いまから400年前の人である。『失楽園』というと現代では渡辺淳一や黒木瞳を連想する人が多いかもしれないけれど、 ミルトンの『失楽園(Paradise Lost)』はこんな内容である。

 その昔、天上で善と悪との大戦争がおこなわれた。大悪魔のサタンは、神さまとの戦争に破れ、地獄に落とされる。が、サタンは懲りない。
「負けたのが、なんだというのだ? まだ復讐心や、不屈の意志、不滅の憎しみがあるではないか(What though the field be lost?/ All is not lost--the unconquerable will,/ And study of revenge, immortal hate,)」
 そういい放ち、神への復讐を誓う。そんな折も折、神さまが人間というものをこしらえてエデンの楽園に住まわせるらしい、というニュースが舞い込む。わたしたちのご先祖、アダムとイブの誕生である。サタンは これを恰好の復讐の好機とみた。この最初の人間どもをかどわかし、堕落させることで、神さまの鼻をあかし、復讐してやるのだ、と。
 サタンは蛇に姿をかえ、イブをそそのかして、神さまが食を禁じていた知恵の実を食べさせ、アダムもそれを食べる。知恵のついたアダムとイブは、たちまち情欲の熱情を燃え上がらせる。かくして、罪をおかした二人は、エデンの楽園を追われる身となった。

 ミルトンは作曲家だった父親の息子として誕生し、役所の外国語秘書官として働いた人である。清教徒(ピューリタン)だった。ピュアで、反骨の人だった。
 彼は、英国国王が宗教上の長を兼ねる英国国教制にも反対だったし、清教徒のなかでも、もっと内面的なものを重視するべきだとして清教徒の体質に批判的だった。彼の生きた時代は、英国政治の激動の時代で、国王チャールズ一世と議会側が対立して内戦(清教徒革命)となり、破れたチャールズ一世は処刑された。これがミルトン41歳の年。
 ミルトンは46歳のころには、完全に失明していたといわれる。
 これで王政が終わり、議会派の軍隊を率いたクロムウェルが護国卿となり、共和制の名のもとに独裁体制を敷いた。しかし、クロムウェルが没すると、たちまち体制は混乱した。これがミルトン50歳のとき。そうして、海外に亡命していた、亡きチャールズ一世の息子・ジェームズ二世が帰国し、王座に返り咲いて、王政が復活した。これがミルトン52歳のとき。

 国王が殺されて、共和制になったかと思うと、独裁がはじまり、それがくずれると、また国王の君臨となった、そんな激変する時代のなかにあって、ミルトンはつねに政治や宗教について発言していた。清教徒革命には熱烈に賛同し、クロムウェルの登場も歓迎したが、彼が独裁制を敷くと、これを批判する反体制側となった。そうして王政が復活すると、いよいよ不遇な境遇におちいった。
『失楽園』は、彼が50歳から56歳のころに口述筆記されたものらしい。不遇な場所へ追いやられた後の作である。失意や、世間への恨みもあったろう、と、そう考えていくと、
「負けたのが、なんだというのだ?」
 というサタンのことばは、ミルトン自身の声のようにも感じられてくる。
 うたっている内容は形而上の世界だが、じつは、地にうごめく人間が煮え立った血を吐き出すようにして書いた詩、そんな気がする。
 この大詩人は1674年、66歳になる寸前に亡くなっている。
(2013年12月9日)



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