12月7日は、世紀の大歌人・與謝野晶子(1878年)が誕生しているが、不屈の歴史学者ヨハン・ホイジンガの誕生日でもある。
ホイジンガは1872年に、ネーデルランド(オランダ)の生理学者の父のもとに生まれた秀才で、比較言語学を学び、サンスクリット語を使いこなした。博士論文は、インドの劇における道化の役割について。
ホイジンガの名著といえば『中世の秋』だが、これは自分ははじめのほうだけ読んだことがある。たしか、ホイジンガ自身が、この本は、これまでルネッサンスにいたる再生の準備期間ととらえられていた中世の後期を、たそがれの時代としてとらえられないかと考え、書いてみたものだといっていた。
ホイジンガの有名な著作に『ホモ・ルーデンス』もある。これは「遊ぶ人」という意味で、人間の文化の根本のところに、遊びの精神、ゲーム好きの心があるととらえられないだろうかと追求した野心作である。
それにしてもホイジンガは、きびしい時代に生きた人だった。
ネーデルランドは1940年、彼が62歳だったとき、ナチス・ドイツに占領された。
当時ライデン大学の学長の地位にあったホイジンガは、それ以前からファシズムを批判していたが、占領後もナチス批判の発言をつづけ、ついに身柄を拘束された。そうして、監禁されたまま、ネーデルランドが解放される寸前に没している(1945年)。
自分は、ここに歴史学者としての彼の気骨を見る思いがする。
世のなかには、「歴史」も「歴史学」も変わらないと勘違いしている人が多いけれど、両者はぜんぜんちがう。話をかんたんにするために、端的にいってしまえば、「歴史」というのは、支配者が都合のいいように書いた記録である。そうした記録の集まりが「歴史」というものである。
一方、「歴史学」は、そうやって時代時代の為政者が、自分たちの立場を正当化する意図をもって書かせた文書の集まりである「歴史」を、しっかりした学識と、長いものに巻かれぬ強い精神をもって、ほんとうのところはどうだったかを見抜く学問である。
だから、わたしたちは、ほんとうは学校で習った「歴史」を、もう一度ふり返って、歴史学の見地から、それが真実かどうかを吟味する必要がある。これは、誰かに教えてもらってそれを信じてよしとするようでは元の木阿弥だから、個人個人が自分の目で「歴史」にあたり、自分の頭で考える必要がある。
ここに歴史学の重要性があるのだけれど、同時にむずかしさもある。
さらに歴史学がむずかしいのは、歴史学をやろうとする自分も、いまの歴史のなかに生きていることである。
だから、歴史学者であるためには、過去の歴史をながめて云々するだけではだめで、いまこのときの歴史について、正しいと思う方向に行動する必要がある。その個人的行動が、歴史を作っていくからだ。そう考えるとき、理不尽な時流に屈せず、逃げたり隠れたりすることもなく、敢然とそれに立ち向かって、「ノー」といったホイジンガはやっぱり歴史学者としてえらいと思うのである。
現代ほど、歴史学が必要とされている時代もないのかもしれない。
ホイジンガの魂を祝福したい。
(2013年12月7日)
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