11月5日は、映画「風と共に去りぬ」の英国女優、ヴィヴィアン・リーが生まれた日(1913年)だが、作家の海音寺潮五郎の誕生日でもある。史伝、歴史小説の巨人である。
自分は日本の歴史小説はあまり読まないのだけれど、幸田露伴と、海音寺潮五郎の作品だけはすこし読んでいる。学識の正確さと、その誠実なハートの部分で、信頼できる書き手だという気がする。
海音寺潮五郎は、1901年、鹿児島県の伊佐で生まれた。本名は末富東作(すえとみとうさく)。20歳のころに学生結婚した末富は、大学の師範部を出た後、中学校の教師になった。教師生活を送りながら、小説を書き、28歳のとき、『うたかた草子』を書いて週刊誌の懸賞小説に応募し当選した。このときのペンネームが「海音寺潮五郎」だった。
34歳のころ『天正女合戦』で直木賞を受賞。
戦時中は陸軍の報道班の一員として南方へ出征したが、なるべく国民の戦意をあおらないよう、消極的な態度に努めた。戦後、61歳のとき、戦国武将、上杉謙信の生涯を描いた『天と地と』を書き、この作品は後にテレビドラマ化された。
68歳の年に、今後は自分の研究テーマである西郷隆盛ほかの歴史研究、史伝に専念したいとして、新聞や雑誌の原稿依頼に応じないとする引退宣言をし、以後、長編の史伝『西郷隆盛』、歴史大河小説『日本』の執筆に励んだが、その完成を見ず、1977年12月、脳出血に心筋梗塞を併発して没した。76歳だった。
作品に『武将列伝』『悪人列伝』『海と風と虹と』『西郷隆盛』などがある。
海音寺潮五郎の『天正女合戦』を読んだときの、鮮やかな印象を、自分はいまでも忘れない。この小説は、豊臣秀吉が天下をとった天正時代を舞台にした歴史小説で、秀吉の正妻ねねと、側室であるお茶々(後の淀君)との女の闘いをたて糸に、天下人である秀吉と茶人の千利休との対立をよこ糸にして、さらに彼らを取り巻くさまざまな人間たちをも織り込んで仕上げたみごとな歴史絵巻だった。ほんの短い短編のなかに、たくさんの人物が登場するのに、それぞれがみごとに描き分けられていて、それぞれの人物像がすっと頭に入るようにできていて、しかも会話が多く、すらすら楽しく読みおおせてしまう。とくにお茶々の小悪魔的な人物造形がすばらしかった。
さらに、それ以前は切腹させられた一茶坊主にすぎないと見られていた千利休を、美学的見地から大いに引き揚げて再評価し、天下の豊臣秀吉と対置させて見せた歴史解釈は、海音寺潮五郎のオリジナルで、この歴史小説は人々をあっと言わせ、日本の歴史小説に新しい時代を開いた。ほんとうに華のある作家だったと思う。
西郷隆盛を敬愛し、ひじょうに高く評価した海音寺は、こう言っている。
「若く、純真で、不遇な時代には、人は多く良心的だが、年長け、得意の境遇になって、なお良心的である人はめずらしい。西郷はそのめずらしい人だったのだ。」(「大西郷そのほか」『史談切り捨て御免』文春文庫)
なかなか耳に痛い、しかし心に重く響くことばだと思う。
(2013年11月5日)
●おすすめの電子書籍!
『ツイン・オークス・コミュニティー建設記』(キャスリーン・キンケイド著、金原義明訳)
米国ヴァージニア州にあるコミュニティー「ツイン・オークス」の創成期を、創立者自身が語る苦闘と希望のドキュメント。
『コミュニティー 世界の共同生活体』(金原義明)
ドキュメント。ツイン・オークス、ガナスなど、世界各国にある共同生活体「コミュニティー」を具体的に説明、紹介。
www.papirow.com