11月4日は、英国の哲学者、ジョージ・ムーアが生まれた日(1873年)だが、作家、泉鏡花の誕生日でもある。
自分は学生時代からの鏡花ファンで、鏡花のサイン本ももっている。鏡花を読むことは、幸福そのものだと思う。だから、日本人で、もしも鏡花を読まずに「自分は不幸だ」と嘆いている人がいたら、それは自分に言わせれば当たり前である。
泉鏡花は、1873年、石川県の加賀百万石の城下町、金沢で生まれた。本名は、泉鏡太郎。父親は名人と呼ばれた彫金師だった。
鏡太郎が9歳のとき、母親が天然痘で没した。28歳の若さだった。
ミッション系の学校をへて、15歳のころ、私塾に通っていた鏡太郎は、尾崎紅葉の小説を読み、感激し、作家になることを志した。17歳のとき、上京し、紅葉を訪ねようとして、1年近く逡巡した後に、ようやく紅葉に面会した。紅葉はこう言ったという。
「お前も小説に見込まれたな」(泉鏡花「紅葉先生の追憶」『鏡花全集第十五巻』春陽堂)
彼は紅葉の家の玄関番となり「泉鏡花」となった。鏡花は家の雑用をこなしながら、小説の添削を受け、新聞や雑誌に作品が載るよう引き立ててもらった。
鏡花が30歳のとき、芸者と同棲していることが師の紅葉に露顕し、はげしく叱責され、別れることを約束させられた。が、その後も隠れて関係を続け、紅葉が没した後、二人は結婚した。この恋愛事件を題材とした小説『婦系図』はベストセラーになった。
鏡花はそのほか、小説『高野聖』『草迷宮』『歌行燈』『由縁の女』『斧琴菊』『縷紅新草』、戯曲『夜叉ケ池』『天守物語』などの名作を書いた後、1939年9月、肺ガンにより東京で没した。65歳だった。
「この先はどうなるのだろう」という興味で読み進むのとはちがって、文章の文字をたどっていく、その作業自体が楽しくて酔い、すっかりいい気分になってしまう、そういうことばの魔法が、鏡花の文章にはかけられている。
もはや現代では、泉鏡花は、なかなか読まれない作家かもしれない。でも、それこそが、現代日本人の不幸の原因なのだと思う。
「われわれ日本人が日本人として生まれてなぜ幸福なのか」
というと、泉鏡花の文章を母国語として読めるから、である。
『名人伝』を書いた中島敦はこう言っている。
「私がここで大威張りで言いたいのは、日本人に生れながら、あるいは日本語を解しながら、鏡花の作品を読まないのは、折角の日本人たる特権を抛棄しているようなものだ、ということである。」(「鏡花氏の文章」『中島敦全集3』ちくま文庫)
日本文学研究家のドナルド・キーンは言っている。
「こんなに鏡花の小説にほれている私に、『翻訳する意志はないか』と問われたら、返事は簡単である。『とんでもない、この快感を得るために三十年前から日本語を勉強したのではないか』と。」(「泉鏡花」『日本文学を読む』新潮選書)
鏡花作品の入門編としては、短編なら『斧の舞』『お弁当三人前』『貝の穴に河童の居る事』を、長編ならば『黒百合』『風流線』『日本橋』を自分はおすすめしたい。
鏡花の絶筆は、枕元の手帳に鉛筆で書かれたこういう句だった。
「露草や赤のまんまもなつかしき」
(2013年11月4日)
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