10月28日・ビル・ゲイツの構想力 | papirow(ぱぴろう)のブログ

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10月28日は、柔道家の嘉納治五郎が生まれた日(1860年)だが、実業家、ビル・ゲイツの誕生日でもある。Windowsの米マイクロソフト社の創業者で、世界一のお金持ちである。
自分は、Windows95の入ったパソコンを買ってから、ビル・ゲイツの本を何冊か読んだ。『ビル・ゲイツ未来を語る』という彼の著書も読んだが、そのモーレツ・ビジネスマンぶりと、1996年の時点で、すでに情報ハイウェイや電子化社会といった未来イメージを構築している、その構想力には脱帽した。

ビル・ゲイツこと、ウィリアム・ヘンリー・ビル・ゲイツ三世は、1955年、米国ワシントン州のシアトルで生まれた。父親は英国系の血をひく弁護士だった。
13歳で、はじめて三目並べゲームのプログラムを書いたゲイツは、高校生のとき、二つ上級のポール・アレンらと組んで、企業からデータ集計や給与計算用ソフトなどのプログラミングを請け負う仕事をはじめた。
17歳のとき、ハーバード大学に入学。大学性になっても、アレンら仲間とともにプログラム開発を続けていたが、19歳のとき、大学に休学届けを出し、アレンとともにマイクロソフト社を設立した。
会社を立ち上げたゲイツたちは、昼夜兼行でプログラムを書きつづけ、ピザやハンバーガーをかじって、その辺で仮眠をとり、また起きてパソコンに向かうというハードなスタイルで働きつづけ、商談に向かうにもぎりぎりまでパソコンにしがみついていて、猛スピードでクルマを飛ばして、空港までの最短時間記録に挑戦するといった調子だった。
ゲイツのマイクロソフト社は、マイクロソフト社は、MS-DOS、Wndowsなどのオペレーション・システムだけでなく、Word、Excel、Power Point、Internet Explorerといったアプリケーション・ソフトも自社製品をそろえ、しばしば強引な商法も交えながら他社を圧倒し、各分野の市場で圧倒的シェアを確立した。
ゲイツの資産の評価額は莫大なものにふくれあがった。ゲイツは20世紀の終わりからずっと世界一の大金持ちでありつづけた。彼は、52歳でビジネスの第一線からは身を引き、夫人とともに設立した慈善基金を通じて、数々の慈善事業に力を注ぐようになった。

自分は1990年代前半に、友人に誘われて日本マイクロシステム社の新戦略の説明会に行ったことがある。説明のほとんどはチンプンカンプンだった。説明会でもらってきた、四色に塗り分けられた窓のマークの入った紙袋をながめながら、世の中には自分のわからないことがどんどん出てきているのだなあ、と思ったものだった。
その数年後、Windows95が発売され、はじめてパソコンを買った。それから、世の中のなにもかもが急速に、めまぐるしく変わっていった。
ビル・ゲイツは、アップルの創始者スティーブ・ジョブズと並び、まさに世界を変えてしまった男だと思う。

ビル・ゲイツは、2013年の春、Windowsパソコンを再起動する際に、キーボード上の「Ctrl, Alt, Delet」の三つのキーを同時に押すやり方について、
「あれは失敗だった」
とコメントしたそうだ。ほんとうは、もっとかんたんな操作にできたし、そうしたかったのだけれど、開発当時のクライアントだったIBM社の意向を優先させたのだ、と。
未来を構想する知力とともに、こういう彼の機智に富む点も、見習いたいものだと思う。

ビル・ゲイツはこう言っている。
「世界の誰とも自分を比べてはならない。もし比べるなら、 それは自分自身を侮辱することになる。(Don't compare yourself with anyone in this world...if you do so, you are insulting yourself.)」
(2013年10月28日)



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