9月5日・棟方志功の志 | papirow(ぱぴろう)のブログ

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9月5日は、沈黙を音楽に取り入れた現代音楽家、ジョン・ケージが生まれた日(1912年)だが、版画家、棟方志功の誕生日でもある。
自分が子どものころ、棟方志功はまだ生きていて、すでに世界的な芸術家だった。その作品はあちこちで見かけたし、テレビで本人を見たと思う。現代の国際舞台で活躍している日本人たちのようなスマートさのない、黒ぶちめがねにはげ頭の、人なつっこい顔をした古い日本的な風貌の人で、まさに日本の巨匠と呼ぶにふさわしい人物だった。

棟方志功は、1903年、青森で生まれた。15人きょうだいの三男で、父親は刀鍛冶だった。志功は小学校を卒業すると、中学へ進まず、すぐに家の手伝いをした。豪雪地帯のため、囲炉裏のすすに目をさらすことが多く、目を痛め、強い近視になった。
18歳のころ、志賀直哉や武者小路実篤が出していた文芸誌「白樺」を、棟方は友人の家で見た。その表紙画は、ゴッホの「ひまわり」で、彼の目はその絵に釘付けになった。その雑誌を棟方が放さないので、友人はそれをやると言った。そのとき、棟方はこう言ったという。
「わだば、日本のゴッホになる(わたしは日本のゴッホになる)」
青森でスケッチ、油絵に励んだ棟方は、21歳のとき、上京。帝展などのコンクールに作品を出品するが、落選が続いた。
師匠の弟子になると、師匠を超えられないと考え、師匠をもたず、独学で絵画に精進した棟方は、やがて西洋のまねでない、日本独自の芸術に励むべきだと考えるにいたり、ゴッホが絶賛した浮世絵、日本の木版画があると思い当たった。
棟方は日本の伝統である木版画をはじめた。しかも彼は、西洋の遠近法によらない、日本古来からの逆遠近法を生かした画面構成を目指した。
35歳のとき、帝展で版画界初の特選を受賞。
36歳のとき、代表作「釈迦十大弟子」を完成。
以後、ルガノ国際版画展優秀賞ほか、数々の国際賞を受賞し、「日本のゴッホ」でなく、「世界のムナカタ」になった。1975年9月、東京で没した。72歳だった。

自分は、棟方志功の自伝『板極道』を読んだことがある。好感をもつとともに、なるほどなあ、とうなずく意見が多かった。
とくに、棟方は一般の画家逆に、「源氏物語絵巻」などのような、ほんとうに見せたいのは、実は遠くにあるもののほうなので、逆遠近法を使って、描きたいものを大きく描く、という、西洋絵画の発展とは逆の方向へ向かったのには感心した。

昔、テレビで棟方が木版を彫っているところを見たことがある。ほとうにきつい近視らしく、めがねをかけた顔を、版木と、その上にたまった削りくずにこすりつけるようにして、彫刻刀で彫っていた。目と版木の距離もすごかったが、その彫るスピードが尋常でないくらい速くて、それも驚いた。ほんとうに、ずんずん彫っていくのである。
自分は谷崎潤一郎の『鍵』の、1956年発行の単行本をもっていて、これは箱から、表紙、折り返し、本文の挿画まで、すべて棟方志功の版画という豪華本である。この文章もすごいけれど、挿画もすばらしく、昔はすごい本を作っていたのだなあと、ため息が出る。
棟方志功はなつかしい、高く仰ぎ見る巨匠である。
(2013年9月5日)




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