7/19・黒沢清のラストシーン | papirow(ぱぴろう)のブログ

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7月19日は、「踊り子」を描いた画家、ドガが生まれた日(1834年)だが、映画監督、黒沢清の誕生日でもある。「世界のクロサワ」黒沢清は、日本を代表する映画監督である。
自分がはじめて観た黒沢清作品は世評高い「CURE」だった。とても怖いサイコ・スリラーなのだけれど、全編になんともいえない緊張感とうっ屈した思いが満ちていて、
「こんな作り手の息づかいを感じさせる映画を撮る監督が日本にもいたのか」
と衝撃を受けた。

黒沢清は、1955年、兵庫県神戸で生まれた。高校時代から映画を撮っていた黒沢は、東京の大学に進み、蓮實重彦の映画表現論を受講し、強い影響を受けた。長谷川和彦監督の名作「太陽を盗んだ男」や、相米慎二監督の話題作「セーラー服と機関銃」に関わった後、28歳のとき、ピンク映画「神田川淫乱戦争」で監督デビュー。
以後、「CURE」「大いなる幻影」「カリスマ」「回路」「アカルイミライ」「ドッペルゲンガー」「叫」「トウキョウソナタ」「リアル~完全なる首長竜の日~」などを発表。2013年現在、東京芸術大学の大学院映像研究科教授でもある。

自分は黒沢清作品が大好きだけれど、まだ作品を数観ていない。で、そんな自分の観たすくないなかから、おすすめをひとつ選ぶとすれば、迷わず「CURE」をあげる。
「CURE」は、印象に残る名シーンが多い作品で、自分はとくにラストシーンにしびれた。主演の役所広司が黙々とご飯を食べているだけなのだけれど、あの画面全体からあふれてこぼれてくるような不穏な緊張感といったらなかった。あんなに胸のどどきするシーンは、観たことがない。映像表現というのは、こんなこともできるのかと感服した。
この映画を発表したころから、黒沢監督は海外も評価が高かったと聞くが、それはそうだろうと思う。首根っこを押さえられて「まいりました」と頭を下げざるを得ない、そういう力業の傑作である。

黒沢作品の「大いなる幻影」や「回路」には、映画には出て来ない、隠された仮定があるのだそうで、時代は近未来で、ユーラシア大陸は戦争などひどい状況になっていて、その端にある島国、日本は世界から落ちこぼれ、忘れ去られている存在、という隠し前提の上にストーリーが組み立てられているのだという。
黒沢清の設定は、デヴィッド・ボウイの作詞に通じるものがあると思う。

仮定といえば、黒沢作品「トウキョウソナタ」の、日本人が日本を防衛してくれている米国軍兵士に志願して入隊していくという近未来の事態にも、自分は驚かされた。あの仮定は、いまなお衝撃的であり続けていると思う。
「トウキョウソナタ」のラストシーンも、「CURE」とはまたちがった意味で忘れがたい名場面で、そうやって考えていくと、黒沢清という監督は、基本的には「ホラーの監督」ととらえられているようだけれど、実は「ラストシーンの監督」と言うべきなのかもしれない。いずれにせよ、恐るべき感性の人だと思う。
(2013年7月19日)



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