6/2・「国際人」小田実 | papirow(ぱぴろう)のブログ

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6月2日は、仏国の作家、マルキ・ド・サド公爵が生まれた日(1740年)だが、作家、小田実の誕生日でもある。
自分がはじめて読んだ小田実の本は『何でも見てやろう』だった。まず留学制度を利用して渡米、米国で暮らし、その後は1日1ドル以下で生活しながら、世界をひとめぐりした青春の記録だった。米国で米国人女性と同棲しはじめたとき、相手の女性が
「日本では、夫は愛する妻ことをどう呼ぶのか」
と尋ねるので、小田実は「おい」と呼ぶのだと教えた。すると、「おい」と言うたびに、にこにこしてやってくるので都合がよかった、たしかそんな人を食った話が書いてあったと記憶している。小田実はタフで、活力にあふれた男だ。

小田実は、1932年、大阪で生まれた。父親は大阪市の職員だった。13歳で敗戦を迎えた小田実は、高校生で『明後日の手記』、大学生で『わが人生の時』を書いた早熟な文学青年だった。しかし、彼は行き詰まりを感じ、自分の思考に風穴をあけるため、米国行きを決意。東大文学部の言語科を卒業後、26歳のときに米国のフルブライト基金の試験にパスして米国へ留学した。留学後は、米国内各地のほか、メキシコ、ヨーロッパ、中近東、アジアと世界を一周し、その記録『何でも見てやろう』を出版。ベストセラーとなった。
以後、行動する作家として活躍。平和運動家としても活動し、ベトナム戦争に際して「ベトナムに平和を! 市民連合(ベ平連)」「日本はこれでいいのか市民連合」を結成した。テレビの討論番組にも出演し、幅広い分野で発言した。
2007年7月、東京の病院で、胃がんのため没。75歳だった。
小説に『羽なければ』『「アボジ」を踏む』『玉砕』、評論に『人間みなチョボチョボや』『ゆかりある人びとは…』などがある。

生前、小田実をテレビ番組で見たことがある。故郷である大阪の街を歩きながら小田は、1945年8月14日の大阪大空襲の記憶を語っていた。この敗戦の前日に、大阪上空に約150機のB29爆撃機の大編隊があらわれ、爆弾の雨を降らせた大阪大空襲があった。死者800名以上。空襲の後、爆撃機はビラをまいて去った。小田少年はそれを拾った。ビラには、日本が降伏した旨が書かれていた。その20時間後に、昭和天皇による、日本の敗戦を告げるラジオ放送があった。前日のあの空襲の無意味さは、いったいなんなのか、と小田は問いかける。それが自分の原点になったと言っていた。
考えれば考えるほど、目茶苦茶な現実社会だけれど、それでも逃げずに、正気の頭で考え、この現実のなかで生きていくぞ、という覚悟のようなものが、彼から感じられた。

国籍や、人種や、社会的地位で人を差別しない、完全な差別反対主義。恥と礼儀を重んじる日本人らしい国際交渉術を推奨する新国際感覚主義。小田実は、日本人にはすくない、真の国際人だったと思う。

小田実はこう言っている。
「これからは日本の経済も下り坂にむかうと誰もが今考えている。(中略)もっとかんじんなことは、これからの日本、世界のことを、そうした上り坂、下り坂の見方でとらえないことだ。もっと人間にとって重要な見方がある」(『ゆかりある人びとは…』春秋社)
まったく同感で、大切なのは、経済力でなく、人間味と品位なのだと自分は思う。いま日本人が急速に失いつつあるのが、この二つだという気もするけれど。
(2013年6月2日)




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