5月11日は、岐阜県長良川の鵜飼がはじまる「飼開き」の日だが、この日はスペインの画家、サルバドール・ダリの誕生日でもある。
自分は、若いころからダリが好きで、できるかぎりダリの作品を見るようにしてきた。映画も観た。時計がくにゃりと曲がり、キリンの首に引きだしがあって、松葉杖があてがわれたダリの超現実的な絵は、現実にはあり得ない絵なのだけれど、そこに描かれたひとつひとつのものは、写真のように現実的で、写真以上に美しい。そんな超現実的で現実的というアンバランスな彼の絵には、なんともいえない謎めいた魅力があって、その作品の前に立つと、なかなかそこから離れられない。
サルバドール・ダリは、1904年、スペイン、カタルーニャ地方のフィゲーラスで生まれた。本名は、サルバドー・ドメネク・ファリプ・ジャシン・ダリ・イ・ドメネク。父親は公証人で、比較的裕福な家庭だった。
ダリは18歳のとき、美術学校に入学し、そのころ、詩人のガルシア・ロルカ、映画監督のルイス・ブニュエルらと友だちになった。
23歳のとき、仏国パリへ行き、ピカソ、トリスタン・ツァラ、ポール・エリュアール、ルイ・アラゴン、アンドレ・ブルトンなどと知り合い、ダリもシュールレアリスムの画家とみなされるようになった。
24歳のとき、ブニュエルといっしょに映画「アンダルシアの犬」を発表。
25歳のとき、詩人のポール・エリュアールの妻だった女性、ガラ(ロシア人女性、エレナ・イヴァノヴナ・ディアコノワ)と、ダリは恋に落ち、後に結婚。ガラは、ダリのモデル兼、マネージャー兼、美の女神となった。
ダリは、ダリ自身が言うところの「偏執狂的批判的方法」で、夢を題材にした、美しいが奇妙な、不思議な絵をたくさん描き、世界的な名声を博した。
1989年1月、スペインのフィゲラスで、心不全のため没。84歳だった。
ニューヨークにある「記憶の固執」、サンフランシスコで見た「目覚めの直前、石榴のまわりを一匹の蜜蜂が飛んで生じた夢」、ワシントンDCにあった「最後の晩餐」、池田20世紀美術館の「キリン」など、ダリの作品はどれもよかった。ダリは描く技術が高く、意匠が凝っている。
ダリは、ラファエロや、フェルメールが大好きで、とても尊敬しているようだ。
「ラファエロにはすべてがあった」(同前『わが秘められた生涯』)
「私は気はふれていないが、それでも直ちに左手を切り落とすくらいのことはできる。ただし条件がある。イーゼルに向かって座り絵を描くフェルメールを、十分間そばで観察させてもらう、というのがその条件だが、納得できる条件ではいなか?」(同前『ダリ・私の50の秘伝』)
ダリは、絵画以外に、文章もすごく上手である。彼の書く文章は読者へのサービス精神にあふれている。これは、彼の絵画にも通じる気がする。
ダリは37歳のとき、自分の来し方を振り返ってこう書いている。
「六歳のとき、私はコックになりたかった。七歳で、ナポレオンになりたいと思った。それ以来今日にいたるまで、私の野心はますます大きくなる一方である」(安達康訳、滝口修造監修『わが秘められた生涯』新潮社)
自分はダリの、快活で茶目っ気のあるところが好きだ。
(2013年5月11日)
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