3月30日は、英国のギタリスト、エリック・クラプトンが生まれた日(1945年)だが、炎の画家、ゴッホの誕生日でもある。
自分は小学校のときから、ずっとゴッホのファンで、あちこちの美術館でゴッホの絵画を見てきたし、彼の伝記や書簡集、評論なども読んできた。だから、彼の作品や生涯については、何度もおさらいしていて、よく知っている。
ゴッホは、その絵も、その生きざまも、強烈な魅力のある人で、まさに「運命の画家」といった感じがする。フェルメールとか、レンブラントとか、ネーデルランドにはほかにも偉大な画家がいるけれど、ゴッホには、ほかの画家にはない、ある宿命のオーラが宿っている。だから、日本の版画家、棟方志功が、
「わだば日本のゴッホになる」
と言った、その表現もうなずける。これは「日本のピカソになる」とか「日本のダ・ヴィンチになる」ではだめで、やはり「日本のゴッホになる」と言って、はじめて強い決意表明となるのである。
フィンセント・ファン・ゴッホは、1853年、ネーデルランド(オランダ)の南部、ベルギー国境に近いズンデルトで誕生した。父親は牧師だった。
フィンセントは子どものころから絵画を描くのが好きだったらしい。
市民学校を出たゴッホは、16歳のとき、絵画を扱う商店の店員となり、23歳で退職。聖職者を志すようになった。
25歳のとき、ベルギーの炭坑の村プティ=ヴァムで、ゴッホは伝道活動を始めた。しかし、貧しい村の人々に同情したゴッホが、自分の衣服を彼らに与え、自分がボロを着ていると、これが教会側に「権威を損なう行為」だとして非難され、伝道師の仮免許が剥奪された。
聖職者の道を断たれたゴッホは、27歳のころ、画家になることを決意。画商をしている弟のテオの仕送りを受けながら、デッサンや油彩を描き、ベルギー、ネーデルランド、フランスなどを転々とした。
29歳のときには、ネーデルランドのハーグで、モデルを頼んだ身重の売春婦に同情して援助し、彼女と彼女が産んだ子どもと共同生活をしている。
仏国では、パリ暮らしをへて、35歳のとき、地中海に面したアルルへ越した。ゴッホの傑作と言われる作品群は、ほとんどがこの地へ来て以降のものである。そのアルルでゴッホは、同じく画家のゴーギャンを迎え、共同生活をはじめた。創作に励む二人の画家の共同生活はしだいに緊張関係を生み、ついにゴッホが剃刀でゴーギャンに切り付けようとして失敗し、逆上して自分の耳を切り落とすという事件に発展する。ゴーギャンはアルルを去り、共同生活は2カ月ほどで決裂した。
ゴッホは精神病院に入退院した後、1890年7月、オーヴェルで自分の胸をピストルで撃ち、死亡した。37歳だった。
ゴッホの死んだ翌年、弟のテオも没した。
ゴッホの絵は、生前は一枚しか売れず、その絵が高く評価されだしたのは、没後のことである。兄弟の死後、テオの妻が、ゴッホの回顧展や、兄弟の書簡集を出版するなど尽力したことが、画家ゴッホの再評価につながったとされる。
ゴッホが絵画を描いたのは、ほんの10年ほどで、傑作は最晩年の2年間に集中している。それを考えれば、ゴッホは比較的早く評価された画家だったとも言える。もしもゴッホが50歳まで生きていたら、案外、鬱然たる大家として世界の美術界に君臨していたのかもしれない。
画家の池田満寿夫は生前、ゴッホを絶賛していて、その魅力についてこう言っていた。
「まず、厚塗りによる発色のよさ」
まったくその通りだと思う。
そして次に、強烈な印象を与える、あの骨太な点描画法である。
そして、三つ目の魅力として自分は、ゴッホの絵画の強い表現が、その裏側にある、自分の貧しさをかえりみず他人に同情してすべて投げだしてしまう、ゴッホのとてつもないやさしさと表裏一体となっているところに強く引かれる。
自分は、ゴッホは、美術界に個性の時代を開いた先駆者だと思う。
ゴッホ以前の画家たちは、そこに美が生まれることを念じて絵を描いていた。
ゴッホ以降の画家たちは、自分独自の描き方が作品に出ることを念じて描くようになった。そういうことである。
ゴッホ以降は、見ればすぐにその人の作品だとわかる、そういう画家の時代になった。
同時代のモネやゴーギャンもそうだし、モディリアーニ、それからポップアートのウォーホールや、リキテンシュタイン、奈良美智、村上隆などもそうだと思う。
極端な言い方をするなら、現代人は、誰が描いたかわからない、ただ美しい傑作にはありがたみを感じない。
「ああ、この人の作風だ」という個性を珍重する。
そういう意味で、ゴッホこそ、現代の持つ美意識の扉を開いた、美の革命家だったと思うのである。
(2013年3月30日)
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