3月28日は、作家、邱永漢が生まれた日(1924年)だが、色川武大(いろかわたけひろ)の誕生日でもある。
色川武大、またの名を阿佐田哲也(あさだてつや)。
色川のほうは、純文学作家の名前で、阿佐田のほうは、麻雀小説を生みだした大娯楽小説家の名前である。
自分はどちらの名で書いた作品も読んでいるけれど、いちばんおもしろく読み、また感銘を受けたのは、やはり阿佐田哲也の代表作『麻雀放浪記』だった。
映画にもなった有名な作品で、なんともいえない痛快さと、苦み、そして悲しみがしみたピカレスクロマンである。
自分は、もう十年以上も麻雀牌(マージャンパイ)に触っていないが、若いころはよく麻雀をやっていた。麻雀を知らない人には「なんのことやら」だろうけれど、九蓮宝燈(ちゅうれんぽうとう)という手役に、自分は二度振り込んだことがある。
若い麻雀ファンだった自分にとって、「雀聖」阿佐田哲也はまさに神さまのような存在だった。
色川武大は、1929年、東京で生まれた。父親は元海軍の軍人だった。
色川は、小学生時代から授業をサボっては映画や演劇に通っていたという不良少年で、中学のとき停学処分を受けたまま終戦を迎え、そのままうやむやになって、結局中学は中退という経歴になった。
闇市の商売や博打打ちなどをした後、24歳のころ、雑誌社の編集者となった。
雑誌社を辞めた後、本名、色川武大の名で書いた『黒い布』で文学雑誌の新人賞を受賞。三島由紀夫に激賞され、文壇にデビュー。
39歳のころ、文章中に麻雀牌の図柄が登場する麻雀小説を書きだし、その後、週刊誌に連載した自伝的小説『麻雀放浪記』が爆発的な人気を呼んだ。
難病のナルコレプシー(眠り病)に生涯つきまとわれながら、麻雀や競輪のギャンブルと執筆を続けた。
色川武大の名で『怪しい来客簿』で泉鏡花文学賞、『離婚』で直木賞、『百』で川端賞などの文学賞を受賞。
1989年4月、心筋梗塞により入院した宮城県の病院で没。60歳だった。
色川武大については、生前に親交のあった人の何人かから話を聞いたことがあり、また、奥さんが書いた回想記も読んだことがある。
ナルコレプシーというのは大変な病気で、すぐとなりで話をしているうちにも寝入ってしまうらしい。色川が眠りだすと、仕方がないので、起きるまで待っているのだ、と、その作家は言っていた。
奥さんの本のなかでは、こんな記述が強く印象に残っている。色川が大病をして生死の境をさまよった後、なんとか快復して病院から退院してきた、その日に悪い友だちが連れ立って家に遊びにやってきて、徹夜麻雀になったという。奥さんはその人たちを恨んだと書いていたと思う。
ギャンブラーというのは、大変だなあ、と思った。
自分の学生時代の友人に、「雀聖」タカクワと、仲間内で呼ばれていた男がいた。タカクワくんがなぜそう呼ばれていたのかというと、通信で受けられる雑誌主催の試験を受けて、麻雀の初段に受かり、その賞状を額に入れて下宿の部屋に飾ってあったからで、そんな風にちゃんと麻雀の資格を持っている者など、ほかにいなかった。
その「雀聖」タカクワが、自分によく言っていたことばがある。
「ええか、マンガンを上がろうと思ったら、あかん。ザンクを二へん上がりなさい」
麻雀を知らない人にはわからないと思うが、これは、いきなり8000点の大きな手をねらわずに、3900点の手を二回上がる、そういうつもりでやりなさい、という教訓である。
この教訓とはすこしちがうけれど、ほんものの「雀聖」色川武大は、こう教訓したそうだ。
「9勝6敗をねらえ」
これは、相撲の星とりで、15日ある開催場所中、はじめから8勝7敗でぎりぎり勝ち越しをねらうのはさびしいが、逆に、10勝をねらうと、どこかに無理が出る。そこで「9勝6敗」を目指しなさい、ということらしい。
あまり志が低いのも考えものだが、大きく出すぎるのもよくない、という心がけである。
二人の「雀聖」の教訓は、どこう通じるところがあるような気がする。
しかし、自分は、人間がまだまだできていないせいか、いまだに友人の「雀聖」にもらった教訓すら生かせていない。せっかく若く時分に教わったのに、残念なことである。
(2013年3月28日)
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