桃の節句の3月3日は、評論家、正宗白鳥(1879年)が生まれた日だが、仏国のエッセイスト、アランの誕生日でもある。
自分は「不惑」と称される40歳ごろ、大いに惑いだして、救いを求めていろいろな宗教家、哲学者、心理学者の本を読んだ。『幸福論』も、ショーペンハウエル、ヒルティ、ラッセル、武者小路実篤など、さまざまな人の論を読んだが、なかでも、このアランの『幸福論』は簡潔で、かつ納得のいく見識があって、とても感心した。
彼の『幸福論』で、いちばん有名なことばは、つぎの文句かもしれない。
「幸福だから笑うのではない、笑うから幸福なのだ」
なるほどなあ、と思い当たるところがある。
アランは本名を、エミール=オーギュスト・シャルティエといい、1868年にノルマンディー地方モルターニュ=オー=ペルシュで生まれた。
アランは学校を出た後、リセ(高校)の教師になった。教師業のかたわら、地元の「ルーアン新聞」紙上に、アランのペンネームで、コラム「日曜日のプロポ(propos、仏語で談話、むだ口などの意)」の連載。プロポの中から幸福に関係のある記事を集めたのが『幸福論』である。65歳で教職を退職。1951年6月、83歳で没した。夭逝した女流哲学者シモーヌ・ヴェイユは彼の教え子だった。
アランという名前を、自分は小林秀雄の文章を読んでいて、はじめて知った。
「アランは大学の学生時代、好んで読みました。(中略)僕は当時ベルグソンを愛読してゐた。彼の思想はアランとはまるで違ふと哲学者は言ふかも知れぬが、僕には二人とも、とどのつまりはおんなじものを語つていゐる様に思はれます」(「アランの事」『小林秀雄全集 第三巻 私小説論』新潮社)
小林秀雄には、アランの翻訳も、正宗白鳥論もあるから、なんだか3月3日の雛祭りは、小林秀雄の縁日のようだけれど、若いころはアランなど、ほとんど読まなかった。
でも、惑いの年齢に差しかかるにおよんで、各種『幸福論』に手をだし、ようやくアランにたどりついた。
アランは幸福について、なかなか、味わい深いことを言っている。
「私にとってとりわけはっきりしているのは、人は望まない限り、幸福にはなれないということである。だから、幸福を欲しなければならない。そして幸福を作り出さなければならない」
「悲観主義は気分に、楽観主義は意志による。気分任せにしていると、人間はだんだんに暗くなり、ついには苛立ち、怒り出す」
自分がもっとも共感を覚えたのは、決断についてのアランの次のような意見だった。
「害悪にもいろいろあるが、最悪なのは決断できないこと、つまり優柔不断だとデカルトは言っている。なぜなのか説明はしていないが、繰り返しそう言っているのである。人間の本性をこれ以上的確に指摘した言葉があるだろうか。あらゆる情念がもたらす不毛な衝動は、この優柔不断ということで説明がつく」
「賭けでは、どれも厳密に平等な選択肢の中から、一つを選ばなければならない。このような抽象的なリスクは、言ってみれば熟考に対する侮辱である。とにかく意を決しなければならない。するとすぐに答が出る。そして、私たちの思考を蝕むあのいやな後悔は、けっして湧いて来ない。なぜなら、後悔する理由がないからだ。「もし知っていたら」ということはできない。事前に知ることはできないのが、賭け事の決まりである」
なるほどなぁ、と思う。
自分の人生などは、バクチの連続で、やはり強い胴元にもっていかれ、はずすことが多いのだが、それでも、バクチを避けて通る人生よりはましかもしれない、と、アランのことばに励まされる。
たとえば、生きているうち、決断をすることからずっと逃げつづけて、死ぬ間際に、
「ああ、よかった。大きな決断を迫られることなく、なんとか逃げきれた」
と言って死んでいく人生よりは、すこしは生き生きしていたか、と。
こういう風に援用するのは、牽強付会にすぎ、アラン先生には迷惑かもしれないけれど。
(2013年3月3日)
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