2月5日は、仏国の自動車メーカー、シトロエンの創業者、アンドレ=ギュスターヴ・シトロエンの誕生日(1878年)だが、自動車のタイヤで有名なダンロップの誕生日(1840年)でもある。
自分は中学生のころからテニスをやっていて、長年、ダンロップ社のラケットやボール、シューズを愛用している。いまは古いシトロエンに直し直し乗っているのだけれど、そのトランクには、ラケット3本とテニスシューズ、かごに入れたボールが20個ほど、いつも積んであって、それらはすべてダンロップ社の製品である。(ただし、タイヤはミシュラン)
でも、ダンロップがスコットランドの人だとは、知らなかった。
ダンロップ社の創業者である、ジョン・ボイド・ダンロップは、スコットランドの北エアーシアに生まれた。獣医外科医の勉強をして、10年ほど地元で獣医をした後、アイルランドへ越していき、クリニックを開いたりした。
47歳のとき、ダンロップは子ども用の三輪車のタイヤに、自分が考案した空気タイヤを装着して、走らせた。当時は、まだ空気でふくらめたタイヤというものがなく、馬車でも荷車でもなんでも、かたい木製の車輪か、かたいゴムのついた車輪がせいぜいで、乗り心地はひじょうに悪く、車体や車輪のいたみ具合もはげしかった。そうした問題を、空気を注入してクッションをよくしたタイヤによって、彼は一気に解決したのである。翌年、彼はこの空気タイヤを特許申請した。
ダンロップが開発した空気タイヤは、自転車に装着され、彼のタイヤを付けた自転車はほぼすべての自転車レースで優勝した。
50歳のとき、タイヤ製造を本格化したが、その際、事業の経営者に、収益の取り分と引き換えに、タイヤの特許権を譲渡したこともあって、空気タイヤの発明は、ダンロップにたいした富をもたらさなかったらしい。
申請しておいた特許も、同じアイディアが、ダンロップより40年ほど前に、同じスコットランド人の天才発明家ロバート・トムソンによってフランスで申請されていたことから、認められなかった。
1921年10月、ダンロップはアイルランドのダブリンで没している。81歳だった。
特許はとれなかったけれど、おそらくダンロップは、トムソンの発明を実用化したのでなく、やはり自分で発明したのだろう。
だから、やっぱり、タイヤの改良者でなく「発明者」と呼んであげたい。
自分としては、とても恩恵をこうむっている、恩のある人である。
タイヤといえば、元首相の鳩山由紀夫(敬称略)などは、彼のお母さんが、タイヤ・メーカー、ブリジストンの創業者の長女なので、その関係で、とてもお金まわりがいいと有名だけれど、タイヤの元祖のダンロップは、そんなにお金持ちにはなれなかったのである。
功績ということと、経済的成功ということを、結びつけるのは、なかなかむずかしいみたいだ。
でも、ダンロップのことを、自分のように、とても感謝している後世の者もいる。
もちろん、素材となるゴムのこともあるが、乗り心地を圧倒的によくする、このタイヤというのは、いったいどこのどんなえらい人がつくってくれたのだろうと、昔から知りたいと思っていながら、調べたことはなかったのだけれど、今回ダンロップを知って、よかった、やっぱり、長生きはするものだなぁ、と思ったのでした。
(2013年2月5日)
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