1月7日は、『橋のない川』の作家、住井すゑ(すえ)の誕生日である。
住井すゑは、1902年(明治35年)1月7日、奈良県田原元町で生まれた。
生家は自作農家で機屋もいとなんでいて、その農村地域では、かなりの財産家だった。
学校の教室では、教師が、ほかの生徒は呼び捨てにするが、住井だけは「さん」づけで呼ぶという差別があったという。
小学校3年のとき、いわゆる大逆事件があり、主犯とされた幸徳秋水が逮捕され、翌年に処刑される。
このとき学校の校長は、住井たち児童に向かってこう説明した。
「この幸徳という男は、日本中のカネを奪いとって貧乏人に分けようなどという、とんでもないことを考えたり言ったりしている悪いやつだ」
これを聞いた少女すゑは、校長はまちがっている、幸徳秋水の言うことはいいことだ、と思ったという(『わが生涯 生きて愛して闘って』)。
小学校中学年にして、すでにそういう判断が下せるほど頭脳が明晰だった。
女学校へ通っていた時分から、子ども雑誌に文章を投稿していたという住井は、女学校卒業後、小学校教師になり、その後、上京して東京の出版社に婦人記者として勤務しだした。
これが17歳のころで、その記者の募集要項には「小学校教師の経験があること」という条件があったらしい。
彼女はそれまでも、作家になりたいという希望を抱いていたが、出版社勤めをしていたころ、長塚節の小説『土』を読み、いよいよ作家になる決心を固める。
そんな住井と結婚したのが、べつの出版社に勤めていた犬田卯(しげる)で、彼はサラリーマンのかたわら、評論や小説を書いていた。
その犬田が、農地解放の必要を訴えた評論を発表したため、勤め先をクビになってしまう。
犬田の書いた原稿は売れず、生活は困窮するかと思われたが、住井が出版社や新聞社をまわって原稿を売り、生活費をかせいだ。
当時はどの新聞にも童話欄があって、童話の原稿もよく売れたという。
あるいは、住井が生まれたばかりの赤子をおぶって書いた小説『大地にひらく』で、新聞の懸賞小説に応募し、みごと第一席をとって賞金をかせいだ。サラリーマンの初任給が70円だった当時、その懸賞賞金が千円だったという。
彼女の一家は、その後、茨城県牛久へ移り、そこで戦時をすごし、終戦を迎える。
55歳のとき、夫の犬田が亡くなった後、住井は、差別問題を真っ向からとらえた大作『橋のない川』の執筆にとりかかる。
それまでに執筆準備はしていたが、夫が長らく病気だったため、いざ書くためには全国をとびまわる必要があり、夫の看護中は書きだせなかったのである。
夫の遺骨を墓に納骨したその足で、部落解放同盟の事務所にいき、
「きょうから解放運動に参加させていただきたい」
と申しこんだという。
非差別部落との距離、おたがい渡りたいけれど橋がなく渡れないという、その状況をタイトルに象徴させた『橋のない川』は、出版されると、ロングセラーとなり、世界各国に翻訳された。累計800万部を超える部数がでているという。
住井すゑは、『橋のない川』を第7部まで書いた後、1997年、95歳で没している。
「魂の文学者」という感じがする。
自分が、日本には差別の問題があると気づいたのは、小学校の終わりごろだったと思う。
でも、それは在日韓国人の問題で、非差別部落の問題を意識しだしたのは、大学へ入ってからだった。
自分は、そういう差別は嫌いで、差別的な意識で人に接したことはないし、そういう差別的な傾向を友人が見せたりすると、たしなめる程度のことはしてきたが、率先して差別解消のための行動はとったことがない。
出自によって人を差別しようとするのは、もちもん憲法違反だけれども、それ以前に、人間としてひじょうに卑しい根性のあかしであり、頭脳がにぶい証明である。
白土三平のマンガ『カムイ伝』を読んだ方なら、重々ご承知だろうが、人間を、生まれた土地、家によって差別しようとする習慣は、支配者側によって、大昔から構築されてきた、権力体制維持のためのデマ、プロパガンダである。
被支配層同士をいがみあわせ、一方を悪者と決めつけて、いじめさせ、うっぷん晴らしをさせ、その反抗が支配者側に向かってこないよう操作しているのである。
ヒトラーのナチス党が、社会がうまくいかないのはユダヤ人のせいだと決めつけたのと同じやり方で、そんなことは21世紀を生きる人間なら、みんなわかっていそうなものなのに、どこの家に生まれた者も、みんな人間の遺伝子をもって生まれてきていて、切っても緑色の血がでるわけではない、と、それくらいのことはわかっていそうなものなのに、多くの人々の意識は、住井すゑが『橋のない川』を書きはじめた当時と、たいして変わっていないようだ。
ごく最近も、大阪知事、大阪市長を務めた政治家の出自をめぐって、マスコミが中傷記事を組んだり、それを謝罪したりしているのを見るにつけ、あるいは中東やヨーロッパで、他民族への迫害があった旨のニュースを耳にするたびに、人類というのは、まったく救われない種なのだ、とため息をつかざるを得ない。
住井すゑのまっすぐな精神、明晰な頭脳にあやかりたい。
(2012年1月7日)
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住井すゑ、ビートたけし(北野武)、ちばてつや、ジョン万次郎、盛田昭夫、村上春樹、三島由紀夫、ベンジャミン・フランクリン、デヴィッド・ボウイ、モーツァルトなど1月誕生の31人の人物評論。人気ブログの元となった、より詳しく、深いオリジナル原稿版。1月生まれの教科書。
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