12月26日は、米国の作家ヘンリー・ミラーの誕生日である。
『北回帰線』『南回帰線』を書いた小説家ヘンリー・ヴァレンタイン・ミラーは、1891年12月26日にニューヨーク州で生まれている。
父親は洋服の仕立屋だった。
やんちゃな子ども時代をニューヨーク市ブルックリンで過ごしたミラーは、18歳でニューヨーク私立大学に入学したが、ばかばかしくなって2カ月で退学。セメント会社に就職した。
給料をもらうようになってから、ミラーは性欲を全開にして、女と見れば手当たりしだいに関係をもつという性的遍歴をはじめる。売春婦からデパートの売り子、ダンサー、看護婦など、ニューヨークにいるさまざまな業界の女性に手をだし、母親ほども年のちがう女と同棲したりした。
その後、ミラーは、各地を放浪したり、父親の仕事を手伝ったりしていたが、26歳のとき、ピアニストの女性と結婚する。そして一女をもうけた。
家庭をもっても、ミラーの生活態度は変化せず、彼は相変わらずさまざまな職に就いたり離れたりを繰り返しながら、性愛と読書にあけくれていた。
32歳のとき、ニューヨークのダンスホールでジューンという女性と出会う。
2人は恋に落ち、ジューンはミラーにこう告げた。
「小説を書く以外のことをするな」と。
ミラーがやりたいことをやっているのを見るのが、自分の生き甲斐であり、ミラーがやるべきことは、書くことである、やりくりは自分が引き受けるから、ミラーはとにかく書くことに専念せよ、と。
ミラーは仕事をやめ、二度と就職せずに、創作に打ち込むことを決意する。
ミラーは妻と離婚し、ジューンと再婚する。
これによって、ミラーは小説家への第一歩を踏みだしたわけだが、それは地獄めぐりの旅のはじまりでもあった。
というのも、ミラーの原稿はなかなか売れず、極貧の生活がつづいたから。
また、ジューンは彼を励まし、彼の生活を助けはしたが、一方で、性的に自由奔放で、ミラーと夫婦でありながら、同性とも異性とも平気で関係をもったし、自分のからだを利用してお金を稼ぐこともしたからである。
ミラーはジューンと2人でもぐりの酒場を開いたり、いっしょにヨーロッパを1年かけて旅したりした後、ニューヨークへ帰った。
この時代のことを、後にミラーは長編小説として書いている。
それが、『セクサス』『プレクサス』『ネクサス』と続く「薔薇色の十字架」三部作である。
38歳のとき、ミラーは今度は単身フランスへ渡り、パリで暮らしはじめる。
はじめのうちは、ニューヨークにいるジューンから仕送りが届いたが、やがてそれも途絶えた。
ミラーは異国の都パリで困窮した。
が、どんな人間ともすぐに打ち解けて友だちになれる天性の才能を生かし、彼は同性や異性の世話になって暮らした。
ときにはたかりや物乞いをして街をさまよい、寝られるところならどこでも寝るという生活をつづけながら、身の回りにある紙という紙にパリでの生活をもとにした自伝的小説を書きつづけた。
「絶望的な行為だった」
と彼自身ふり返っていっているが、そうやって成ったのが、ミラーの処女長編『北回帰線』で、当初その小説は、発表されたものの3倍の長さがあり、3度書き直して現在の形になったという。
42歳のとき、『北回帰線』が出版され、その大胆な性描写によって一大センセーションを巻き起こし、毀誉褒貶の嵐のなか、本はベストセラーの第1位を長期間にわたって独走する大ヒットとなった。
これにより、ミラーは一躍、世界的作家と目されるにいたり、以後『南回帰線』『セクサス』『冷却装置の悪夢』『追憶への追憶』『わが読書』など、小説や評論を精力的に発表しつづけた。
1980年6月7日、ミラーは循環器系の障害が原因で亡くなっている。88歳だった。
ミラーは生涯に5回結婚していて、最後の妻は日本人のホキ・徳田である。
自分は学生時代からヘンリー・ミラーの大ファンで、オレンジ色と黒のツートーンカラーの全集を全13巻そろいでもっている。
全集に入っていないミラーの著作や、ミラー関係の本をほかに10冊くらいもっていて、英語のミラー本も何冊かもっている。
とはいっても、どれもすこししか読んでいなくて、ときどき思いだして拾い読みする程度である。
生きているうちに全部読みたいとは思っているけれど、むずかしいかもしれない。
自分が、生きているのがつまらなくなったり、元気がなくなったりしたとき、開いて読み返すのは『北回帰線』で、もう3回以上は読んでいると思う。
ミラーの援助者であり、愛人でもあったアナイス・ニンが『北回帰線』に序文を寄せていて、その冒頭にこうある。
「ここに一冊の本がある、もしもそういうことが可能ならばだが、実在への根源的なわれわれの欲望を復元させる、そういう本が」
(Here is a book which, if such a thing were possible, might restore our appetite for the fundamental realities.)
たしかに、この長編には、なかなかほかの本には見当たらない種類の「力」があると思う。
ヘンリー・ミラーの好きなところは、ほんとうのことを隠さずいってくれる、という感じのするところである。
小賢しいまねはしない、自分の恥ずかしい部分も、恥ずかしいと思いつつ、その恥ずかしい気持ちをも含めて、そのまま見せ、自分も他人も分け隔てなく並べて観察し、人間のほんとうのところはどうなのだ、とまっすぐ問いつづける、その原始人のような素朴な態度がえらいと思う。
ぶれない、どっしりとした巨人で、嫌いな人も多いかもしれない。
たとえば、つぎのような彼の文章に出会うとき、自分はしびれ、ひかれるのだが、とくに日本人など眉をひそめる人もすくなくないと思う。
「日々、人間は本能を押しつぶし、欲求をこらえ、衝動を、直感を、抑え込んでいる。人は、わなにかけられてはまりこんだ、このくそったれシステムから抜け出し、したいことをしたほうがいいのだ。でも、われわれはこう言う。『だめだよ、ぼくには妻や子どもがいる。そんなことは考えないほうがいいんだよ』かくして、われれは毎日自殺しつづけるわけだ。したいことをして失敗したほうが、誰でもない者になるより、ましだ。そうではないだろうか?」(『わが生涯の日々』)
(Every day, men are squelching their instincts, their desires, their impulses, their intuitions. One has to get out of the fucking machine he is trapped in and do what he want to do. But we say,"No, I have a wife and children. I better not think of it." That is how we commit suicide every day. It would be better if a man did what he liked to do and failed than to become nobody. Isn't that so?) from 'My Life and Times'
自分も、ミラーのいっていることに、すべてそのままうなずくわけではない。
それでも、自分にとっては、ミラーは、世界でも数少ない、そこにいてくれてほんとうによかった、と思える作家のひとりなのである。
ヘンリー・ミラーについては、「心あまりて言葉たらず」の業平朝臣で、うまく書けない。
(2012年12月26日)
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