12月14日は、クリスマス・イヴ。自分は長らく、この「イヴ」というのは「前の夜」という意味だとばかり思っていたら、ちがうんですね。キリスト教の教会の暦では、一日のはじまりが日没からなので、だから教会暦の12月25日クリスマスは、わたしたちのいう24日の陽が落ちた瞬間からもうはじまっている。それでクリスマス・イヴは本来「クリスマスの夜」という意味なのだそうで。
半世紀以上もずっと知らずにいました。われながら驚き、あきれ、あ然。
さて、12月24日は、米国の大富豪ハワード・ヒューズの誕生日。1970年以降に生まれた人は知らない人がほとんどだと思うけれど、昔は世界にその名をとどろかせた富豪中の富豪で、とくに、人前に姿を見せない、謎の富豪として有名だった。
ハワード・ロバード・ヒューズ・ジュニアは、1905年12月24日に、米テキサス州ヒューストンで生まれた。これには異説もあって、誕生日を同年の9月24日とした記録が教会にあるそうだけれど、ハワード・ヒューズ本人が、親戚の証人付きで誕生宣誓証明書に署名して、
「自分は12月24日に生まれた」
といっているので、まあ、クリスマス・イヴ生まれでいいのだろう。
ヒューズの父親ヒューズ・シニアは、ドリルの刃の特許をもって、それを製造する会社を興した。そのドリルの刃は画期的な性能で、各地の石油採掘現場で活躍し、それをリースで貸し出す父親の会社に莫大な利益をもたらした。
ヒューズは11歳でラジオ発信機を自作し、12歳のときには原動機付き自転車を自作して、地元に新聞に写真が載るような少年だった。
ヒューズはお金持ちの息子だったが、16歳のときに母親を亡くし、18歳で父親を亡くし、孤児となった。
彼は相続した遺産、会社や特許権などをもって、西海岸カリフォルニア州へ引っ越し、自分の好きな事業をやりはじめた。
ヒューズは20代後半から、資金力にものをいわせて制作費を惜しげもなく注ぎ込んだ映画を作り、映画会社をもったりした。
そうしたハリウッド時代には、彼はベティ・デイヴィス、エヴァ・ガードナー、キャサリン・ヘップバーン、ジンジャー・ロジャース、ジョーン・フォンテーンなどといったそうそうたる女優たちとロマンスを繰り広げた。
ただし、映画女優たちとつかの間の遊びにふけるお金持ちのプレイボーイというよりは、一人ひとりの女優をほんとうに愛し、求婚したり、彼女らのキャリアを引き上げようと努力したりした、恋多き、愛人に尽くす男だったようである。
キャサリン・ヘップバーンにも、ジョーン・フォンテーンにもプロポーズしたが、受け入れられなかったらしい。
ヒューズは、一面、飛行機マニアで、飛行機の開発もしたし、自分で操縦もした。
30歳のころ、航空機製造会社を興し、38歳のころには航空会社を傘下におさめている。
航空関係の事業家でありながら、お忍びで航空会社のパイロットもやり、あるいは本名で飛行機の記録にも挑戦している。
31歳のとき、彼はニューヨーク=ロサンゼルス間を自分で操縦して飛び、7時間28分25秒という大陸横断飛行の新最速記録を樹立した。
そして1943年5月17日、38歳のヒューズはロシア製の飛行機を操縦して、カリフォルニアを飛び立った。民間航空管理局の視察官2名と、自分の部下2名、それに女優のエヴァ・ガードナーを機に乗せていた。機はいったんラスベガスに着陸して、女優ガードナーをおろし、ふたたび飛び立って、アリゾナ州とネヴァダ州の境にあるミード湖を目指したが、事故はその後に起きた。
搭乗していた視察官1名と、部下1名が死亡し、ヒューズ自身も頭部を深く割る重症を負った。
このときの治療に使った麻酔剤が、その後、中毒となり、ヒューズは神経をやられ、脅迫神経症の症状をきたすにいたった。
異常にバイ菌を恐れるようになり、すこしでも雑菌のありそうな場所には入って行けない。手を洗いはじめると、手から血がでるまでやめられないようになった。
それで晩年は、買いとったラスベガスのホテルの最上階に閉じこもって、公衆の面前へはいっさい姿を見せなくなった、と、そういう事情だったらしい。
1976年4月、70歳のヒューズは危篤状態におちいった。そして治療のため自家用飛行機で移動中、機内で息を引きとった。
飛行機好きだったから、空の上で死ねるのは、本望だったと思う。
彼の生涯を題材に、マーティン・スコセッシ監督が、レオナルド・ディカプリオ主演で映画『アビエイター』を撮っている。こちらについても、映画好きだった故人は草葉の陰で喜んでいるかもしれない。
ヒューズは、自分の興味のある分野に大胆に切り込んでいく事業家で、冒険好きの飛行機乗りだった。
映画女優との恋ばかり書いて、言及しなかったけれど、じつは彼は生涯に3度結婚している。
彼が亡くなった時点で、彼の総資産は15億ドルで、当時の合衆国の国内総生産の1190分の1にあたる額だったそうだ。
もともと大金持ちの子息だったとはいえ、18歳で両親を亡くしてからは、自分の力だけを頼りに道を切り開いていったわけで、まったくたいした男だと思う。
大会社創業家の御曹司として生まれて、引き継いだ会社のお金をつかいこみ、海外のカジノで何十億円もすってしまうのもいれば、ヒューズのような男もいる。
お金のつかい方云々でなく、自分の境遇に押しつぶされずに、自分の人生を突っ走って生きたのがえらいと思う。
自分がもしも彼のように18歳で孤児となり、莫大な遺産を相続したとして、彼ほどに自分として生きられたろうかと想像してみると、とてもそんな自信はない。
ハワード・ヒューズは、ただの富豪ではなかった。ただ者ではなかった。さすが、クリスマス・イヴに生まれた男である。
(2012年12月24日)
著書
『コミュニティー 世界の共同生活体』
『こちらごみ収集現場 いちころにころ?』
『新入社員マナー常識』