12/21・女優以上ジェーン・フォンダ | papirow(ぱぴろう)のブログ

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12月21日は、米国の映画女優ジェーン・フォンダの誕生日。
本名はジェーン・シーモア・フォンダ。彼女は1937年12月21日に、米ニューヨークで生まれた。
父親は有名な映画俳優のヘンリー・フォンダ。
弟も映画俳優で、ピーター・フォンダ。
お姉さんのジェーンも、もちろんハリウッド・スター。
世に俳優一家というのは数々あれど、父親、姉、弟の家族3人がこれほど有名な映画スターぞろいという家庭は、ちょっとほかに例がないのでは?

自分はこのフォンダ一家のでている映画を、けっこうみている。
父親ヘンリーの出演作だと、「怒りの葡萄(ぶどう)」「荒野の決闘」「十二人の怒れる男」「ミッドウェイ」など、たくさんあって、往年の名画が目白押しといった感じである。
いずれも、ヘンリー・フォンダは、まじめなで品行方正、意志の強い、自分に誇りをもった米国の一市民、といった感じの役どころだったように思う。ルックスがまじめそうなので、そういう役になるのでしょう。

弟ピーターの代表作は、やっぱり「イージー・ライダー」だろう。ガソリンタンクに星条旗を描いた、チョッパーハンドルのバイクにまたがったヒッピーを演じるピーター・フォンダの印象は鮮烈だった。お父さんと正反対の、反抗する若者のイメージが、この作品で息子に定着した。
自分はこの映画を5回はみている。アメリカ映画に新しい時代がきたことを高らかに告げたこの歴史的作品で、ピーターは、製作、脚本、主演の三役をこなしている。
「ダーティ・メリー/ クレイジー・ラリー」とか、村上龍の「だいじょうぶマイフレンド」とか、ほかにも出演作はけっこうみたけれど、「イージー・ライダー」の印象が強すぎて、ほかはかすんでしまう。

で、お姉さんのジェーンの出演作はというと、「裸足で散歩」「バーバレラ」「コールガール」「ジュリア」「チャイナ・シンドローム」といったところがよく記憶に残っている。
「裸足で散歩」は、たしかロバート・レッドフォードとの共演による楽しい恋愛映画で、ジェーンがとてもかわいらしかった。ハネムーンで泊まったホテルの部屋から、新婚カップルの二人が何日も閉じこもったまま、ラブラブの時間に熱中していて、部屋からでてこない、というのがおかしかった。
「バーバレラ」は、色っぽいSF映画で、これはずばり、若いジェーンのセクシーな肉体が見られるのがよかった。
「コールガール」は世評高い作品で、サスペンス風のしぶい作品だった記憶がある。ジェーンはこの作品で、アカデミー賞主演女優賞を受賞しているが、自分としては、主演のドナルド・サザーランド(キーファー・サザーランドの父親)がよかった。
そして「ジュリア」。やっぱり何回か繰り返しみている作品である。自分はこの作品が、ジェーン・フォンダの最高傑作だと思う。原作のリリアン・ヘルマンは、自分が学生時代から愛読している作家で、そのことも好きな一因ではある。
映画は、第二次大戦下のヨーロッパ、ナチスに抵抗するレジスタンスの女性と、それに協力するアメリカ人女性との友情を描いた、重たい内容の作品である。この作品でアカデミー賞助演女優賞を受賞したヴァネッサ・レッドグレイヴもいいし、彼女とかたい友情で結ばれた女性役のジェーン・フォンダもよかった。

と、まあ、ジェーン・フォンダは、女優としても大好きだけれど、彼女のえらいところは、やっぱり反戦運動の闘士だった点だろう。
1960年代からアメリカが介入したベトナム戦争に対して、アメリカ国内では、しだいに反戦運動が盛り上がるようになって、文化人や芸能人たちもそれに参加しだした。
ジェーンはそのもっとも有名なひとりで、ビラをまいたとか、薬物を所持していたなどの嫌疑で逮捕され、つねにFBIやCIAなどの体制側機関から監視されていた。
1972年には、ジェーンは北ベトナム入りし、ヘルメットをかぶって高射砲のところでポーズをとった。このときの写真から、彼女は「ハノイ・ジェーン」と呼ばれるようになり、米国内では「売国奴」「裏切り者」呼ばわりされるようになる。
サイン会で、つばをはきかけられたこともあったらしい。

母国のためと信じて、戦争に駆りだされ、死線をさまよった退役軍人やその家族、あるいは戦没者の遺族たちの目には、戦争反対運動は裏切り行為以外のなにものでもないものとして映るだろうが、冷静に考えれば、ベトナム戦争に正義がないのは明らかだ。
よく「正義の戦争」ということがいわれるが、それは、戦場がどこか、ということを見れば、一目瞭然で、正邪の判断がつく。
アメリカ軍が、自国とは遠く離れた東南アジアの小国まではるばるでかけていって、大量の枯葉剤やナパーム弾を落として、そこの一般市民を殺している。
ドミノ理論だとか、トンキン湾事件とか、いろいろと理屈をつけてはいるけれど、自国の領土とはまったく縁のない土地の人々に平気で爆弾を落とす、その、どこに正義があり得るのか?(日本人がかつて中国大陸や朝鮮半島でやったのも同じですね)
英国の哲学者バートランド・ラッセルは、デモンストレーションとして国際裁判を開き、ベトナム戦争について米国に有罪を宣告した。ラッセルはまた、当時人気絶頂だったザ・ビートルズのポール・マッカートニーが自宅に訪ねてくると、
「ベトナム戦争は帝国主義的な侵略戦争で、ぜひともやめさせなくてはいけない」
と力説したそうだ。
それを、家に帰ってポールがション・レノンに話し、それでジョンは平和運動に精を出しはじめたらしいが、それはともかく、戦争の理屈の正邪は、はたから見れば、比較的判断がしやすい。
が、その当事者である国のなかにいる人間には、なかなか判断がつかない。
体制側によって情報が操作されているので、なかば洗脳されたような具合になっているからだ。

ベトナム戦争については、2012年現在、アメリカ合衆国は、いまもって、ベトナムに謝罪していない(この事実認識がまちがっていたら、ぜひ教えてください。たぶんまちがいないと思いますが)。
米国は、ずいぶん昔にあったハワイ王国への侵略を、ついこのあいだ、ようやく認めて謝罪したばかりだ(日本にいたっては、過去の侵略の謝罪をしようかな、と、ちらっとでも考えることを想像しようとすらしない)。

過去をふり返ってすら、反省することはかくもむずかしいのに、現在進行している事件について、冷静に判断するのは、もう至難の業である。
なのに、ジェーン・フォンダは、ちゃんと、自分の国がいまこの瞬間にやっていることが正しいかまちがっているかを判断し、勇気をもって、それを行動に移したのである。
アメリカ人の大多数に憎まれ、悪くすれば殺されるかもしれない危険があったのにもかかわらず、また、彼女はもともと運動家ではなく、一役者にすぎず、そんなことをする必要などまったくないのに、あえて正しいと思うところを実行した。
これは、ものすごいことだと思う。

なるほど、父親のヘンリー・フォンダは名優として、まじめで理想的なアメリカ人像を演じ、数々の名作を残した。が、私生活では、彼の浮気に苦しんだ妻が自殺するという悲惨な家庭事件を引き起こした(この一件によって、父ヘンリーと、子どものジェーン、ピーターたちとのあいだは疎遠になった)。
一方、娘のジェーンは、女優として多くの名作を残しつつ、さらに、自分が生きる社会のためによかれと思われることを、勇気をもって実行した。
「女にしておくのは惜しい」
といったら、女性に失礼だが、この美貌と、演技力、存在感、企画力をもっていて、なお、良識ある一市民としてもたくましい人間でありつづけるジェーン・フォンダという人は、なんとえらいのだろう、と、自分はただただ感心するしだいなのである。

長年、確執のあった父親ヘンリーと、娘のジェーンとのあいだは、映画「黄昏」(1981年)で共演することで、ついに和解をみた。
この映画の成功は、ひとえに主演女優のキャサリン・ヘップバーンが、老齢にもかかわらず、ものすごい輝きを放って、作品全体を盛り上げてくれたおかげだと自分は思うのだが、とにかく、この映画で、フォンダ家の父娘は共演して、長年のわだかまりを解くことができた。
この父娘の和解の最後の機会となる映画をお膳立てしたのは、父親でなく、娘のジェーンのほうだった。
もともとブロードウェイ劇だった「黄昏」の映画化権を、ジェーンが買い取って、ハリウッドにもちこんだ。
娘のほうから、老い先短い父親に手を差し伸べたのである。
そうやってみると、ジェーン・フォンダという人は、まさに女優以上、人間として大きな人なのだなあ、と感服するのであります。
(2012年12月21日)

著書
『こちらごみ収集現場 いちころにころ?』

『ここだけは原文で読みたい! 名作英語の名文句』