こんにちは、Salaiです。
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半月ほど、改めて両親のことを考えたり、若い頃の自分を思い出して、抱きしめたい気持ちになったりすることが続いていた。そんな中で迎えたブルームーンの日。
区切り、再構築、拡大・拡張、いろんな言葉で形容できそうで、でもしっくりくる言葉が見つからない、そんな状態で迎えた満月の日に思ったこと。
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人は、優れた点によって他者に惹きつけられ、不足点故に他者を愛するようになる、と何かで読んだ記憶がある。
言い得て妙だと思う。
自分の不足点を「ダメな点」と捉えるのではなく、「愛されるポイント」に転換しているこの視点はとても素敵✨
この文章を読んだとき、大袈裟ではなく、意識が広がったような気がした。
人間って面白い生き物だなあと思った。
だから、思い切って自分の「ダメダメポイント」を書いてみる。
不足点とかダメな点と言うより、全く以ってセンスのないこと、と言うべきか。
ひとつは、焼き魚🐟を美しく食べられないこと。
私なりに「ちゃんと食べ尽くした」と思った焼き魚の残骸を見たある方から、「魚、苦手ですか?」と真顔で聞かれたこと多数。
「外で焼き魚を食べない方が良いよ」という家族のありがたいアドバイスに従って、切り身以外の焼き魚を外食で食べなくなって久しい。
そういえば先日、私の目の前で、Double Landlocked country(海から二重に隔たった内陸国)の方が、半身の鯖の味噌煮を召し上がっていらしたけれど、美しい食べ跡だった。才能の有無ってこういうところに現れるんだなあと、さらにがっくりした。
ふたつめは、方向感覚のなさ。
好きな散歩に出かけて、家から徒歩2分圏内で迷ってパニクった😓こと数回。
外だけでなく、大きな建物の中でも迷う。部屋から出て、お手洗いに行き、もとの部屋に戻るのに迷ったこと数知れず。
惹きつけて愛される以前に、行方不明になってしまいそう。
仕事柄、初めましての場所に行くことが多いけれど、毎回、ドキドキもの。必要以上に時間を見て家を出る。
スマホのナビ機能は便利だけど、道なき道のような、公園の中の朽ちかけた木の階段を歩かされたこともあるので、ナビ機能への信頼度は9割程度。
だから歩くときはいつも、一抹の不安を抱えている。
三つ目は、きったカードを美しく、均等に開いていくセンス。
このセンスの無さは、時に師匠にも呆れられている。
何度かお稽古してみたけれど、どうにもうまくできない。「タロットクロスを変えてみたらどうだろう?」と、先日2枚目のクロスを買ってしまった。
スーパームーンの昨夜、浄化しようとカードを広げたけれど、均等に広げられず。何度もカードを入れ替えた。
練習すればなんとかなるレベルではないのかもしれないと、かなり絶望的な気分になっている😣
こんな凸凹状態😰になってしまう
これ以外にもダメポイントはたくさんある。ここ半月程の間に、もっと根源的なダメポイントにも気づいた。
これらは、これまでの私なら、蓋をして見ないふり、なかったことにしておきたかったもの。
理由は簡単で、完璧でなければ、生きる意味がないと思っていたから。受け容れられない、愛されないと思っていたから。
でも、人間も人生もものすごく面白い。
気がついたら、私の不器用さ加減を笑って受け止めて、手を貸してくれる人や、交差点でどちらに進めば良いか戸惑う私に、「こっちですよ」と嫌味なく教えてくれる人に恵まれていた。
完璧、完全でなくても良い。
完璧、完全でない私を受け容れてくれている人たちのように、さり気なく相手になにかをできる人になりたい。
そんな風に思っている。
これまで私の意識の中に「他人」はいなかった。
「なにを言っているの?意味がわからない」と思われるかもしれないけれど、こうとしか書けない感覚。
この感覚については、いつかまた書いてみたいけど、今現在、まだ噛み砕いて説明できない。
でも、そんな私の意識の中に、初めて「他人」が入り込んだ。
自分が完璧になるために技術を磨くのでなく、誰かのために技術を磨きたい。
助ける助けられるという関係性ではなく、少しでも良い時間と空間を一緒に生きていくために。
私の中に芽生えたそんな想いに気づいた、ブルームーンの日。
