案内された脱衣所で濡れた服を脱ぎ浴衣に着替えた後は温泉床に身体を預けた。ポコポコと音を立てて流れる源泉の湯気が心地よい。
「行岡君?」
村木に起こされる迄どの位時間が経ったのか…身体に被せられた網籠を取られたのも気付かず眠っていた。身体は正直だ。脚のつま先まで体温が戻っていた。雨の中を帰宅したなら熱いシャワーを浴びて缶ビールを飲み干し冷えたベッドに潜り込んでいただろう。
食事の用意があると部屋まで案内される廊下で見た、鯉が遊ぶ池に流れ込む小滝の音を微かに聞きながら、座卓に用意された料理に片っ端から箸をつけた。
造り、生湯葉、鮎の一夜干し、冬瓜、鱧の天ぷら、陶板で肉が焼き上がる頃には釜炊きの白飯と自然薯に優の好きな貝汁が運ばれた。
親子ほど年が離れた村木はグラスビールを傾けながら優の食べっぷりを眺めていた。言葉数は些程多くは無いが、優の胸中を読まれている気分にさせた。
「君は技巧派だがマウンドではクールに振る舞うね。女性ファンも多いでしょ?チームメイトからはマダムキラーと呼ばれているんだって?年上の女性が多いのかな?
試合の負けを一身に背負う必要は無い。策を練るのは指揮官でバックに布陣する野手は相手走者の動きを止めるのが仕事だ。
もう少し自分の手綱を緩めてもいいんじゃないかな…見てる側のこっちが辛くなる時があるよ。その責任感の強さが歴代指揮官に愛された由縁かもしれないが、今の君を見てると首脳陣やチームメイトに恵まれて居るようには見えないな…」
この甘言が優を交渉のテーブルに着かせようとしているのは明らかだった。