「失礼します」

優はミーティングルームのドアをノックして部屋に入った。海辺に立つ部屋の窓には一斉に夕陽が射し込む。優の好きな景色だ。その夕陽を背に来季の指揮を執る榊󠄀大輔が立っていた。

「行岡優です。宜しくお願いします」

「ダリヤが交渉を持ち掛けたと聞いたが振ったのか?」

何故ダリヤの接近を知っているのか…不思議に感じたが、これが榊󠄀の包囲網かと考え下手に取り繕うよりは正直に話すべきだと思った。

「ダリヤの交渉担当とは面識があったので直接会って気持ちを伝えました。提示された書類は見ていません」

「数字も見ずに断ったと言うのか?」

「入団当初からコンディショニングはトレーナーとマンツーマンでやってきました。球団に育てて貰った恩を忘れてはいません」

「初登板初先発初勝利…お前のデビュー戦はチームの大漁援護で華々しく飾った。だが福嶺が在任中お前の勝ち星が二桁に到達する事はなかった」

榊󠄀の切れ長の目が優を捕える。

「ルーキーイヤーから1軍のマウンドに上がれた事は感謝しています」

「福嶺はオープン戦でのお前の人気に目をつけお前を1軍に帯同させる事で観客動員数の底上げを狙ったに過ぎん。跡を継いだ杜はお前を早々にリリーフにスイッチ。当初フロントはお前を1年2軍で育てる方針を打ち出していた。あの時点で左のエースの夢は潰えた」

「完投能力の無い自分が先発に残れる理由も無く、あのままチームに残っても何れトレードに出されて今頃は他球団から引退していたかもしれません」

「野島とは心中か?」

「自分の力不足です…」優が視線を落とす。

「違うな…選手のコンディションを見据えて作成を練るのが常套手段だ。野島はお前の責任感の強さを過信した。あの日お前が敗戦の責任を背負ってベンチに沈む姿をカメラが抜か無ければ今此処にお前は立っていない筈だ」

言い当てられて優は唇を噛む。確かにあの日…