Q

聖教新聞の断り方
私の母方のほうの親族はほぼ創価学会員で、先祖代々創価学会に入っています。
幼い頃は私も活動していましたが、母が再婚したことを機に、母方の親戚が住んでいる関東から離れたため、だんだんと活動しなくなり、むしろ不信感を抱くようになりました。
進学を機に関東に戻ってきたことで、親戚から「来月1ヶ月だけ新聞をいれさせてくれ」と頼まれ、3ヶ月に一回ほどしぶしぶ新聞を取り、読まずに捨てていました。帰省でしばらく家にいないからなど理由をつけて断ることもありましたが、これ以上は厳しいです。
今回学生アパートに引っ越したため、周りの友人、同じ学校の人の目があり、新聞を断りたいです。
母には創価学会を抜けたいことは伝えていますが、ひいおばあちゃんが死んでからにしてくれと言われています。抜けるとなると、母方の親族とは縁を切ることになるほどなので、信仰心が全くないことを伝えるのは怖いです。
なにか円満に断る理由などありませんでしょうか

 

A

なんで円満が必要なんですか?
宗教2世問題は、要は子どもの人権侵害問題です
あなたの人権を平気で侵害してくる人たち相手に、なぜ円満が必要ですか
あなたの人権(自由権・自己決定権)が侵害されている今が、すでに円満でない状態です
それを回復するのに、円満が必要って、おかしいと私は思います
むしろあなたには、事を荒立てる勇気が必要です

電車やバス、エレベーターの中で、誰かがあなたの足を踏んでいます
それも、本人も踏んでいることに気がついていて、自分の都合で足をどけようとしません
その時、相手の気に障らないように気遣う必要がどこにありますか
「あなたは私の足を踏んでいます。すぐにどけて下さい。」と言いませんか
人は誰でも自分の幸福を追求する権利があります(日本国憲法前文・幸福追求権)
権利は主張しなければ失われます
基本的人権は、自然にある状態ではなく、各人の行動の中に現れます
人としての必要な勇気とは、そういうものではありませんか