タッチアップ

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高校BIG3と言われた、寺島(履正社)、藤平(横浜)、高橋(花咲徳栄)が、ベスト8を前にして、全員姿を消した。

しかも、3人ともに、先発をしなかった試合で、リードを背負った場面から登板し、奮迅のピッチングを見せるも、序盤の失点が重くのしかかり、惜しくも敗退という展開となった。

なぜ、絶対的エースにもかかわらず、先発をさせなかったのか。

10年前の斎藤佑樹(早稲田実業)や、2007年準優勝の野村祐輔(広陵)、2010年春夏連覇の島袋洋奨(興南)。
プロに進むようなエースを擁するチームは、エースと心中といった起用が、数年前まではスタンダードであった。

花咲徳栄の高橋などは、5年前なら、今日の作新学院戦も当たり前のように先発をしていたことで だろう。

3人とも事情はやや異なるが、共通していえるのは、近年、投手の酷使に対する批判が強いことであろう。
2番手投手の力があまり落ちない強豪校ほど、複数投手を使う意識が明らかに強くなっている。

ただし、この傾向は、決して否定すべきものでなく、未来ある有望選手の保護のために、必要な変化と考える。

3人の違いを表すとすれば、寺島と高橋は、決勝までの道のりを見据えた起用であり、藤平は、履正社に勝つための戦略としての起用であったと予想される。


■実力があるがゆえのジレンマ

履正社の寺島は、高川学園との初戦は137球、東西の横綱対決と言われた横浜との2戦目は148球を投げて完投している。
特に横浜戦は、1番から9番まで気の抜けない打線に、心身共に疲労は大きなものだったであろう。普通に考えて、疲労による先発回避と思われる。

加えて。2番手山口も、他校なら間違いなくエースのレベルであるため、上手くいけば、常総学院相手に完投も期待していたはずである。
さらなる青写真は、その後の4回戦を寺島、準々決勝を山口、準決勝・決勝は調子のいい方か、継投という展開だったことだろう。

悔やまれるのは2点。
1つ目は、初戦の高川学園で、6回くらいで山口に代えることができていれば・・・。
山口に登板機会を作ることができ、寺島の疲労も軽減でき、常総学院に対して、寺島先発・山口リリーフというパターンもあり得たかもしれない。

ここでのポイントとなってくるのは、高橋にも共通するが、寺島がおそらくピッチャー以外(ファーストや外野)で使いづらいことである。
スタメンで出るときは、6番を打つ打力を持っているのに、昨日もベンチからのスタートだった。
もし、野手でも使えるのであれば、先発していても、リードしてる展開であれば、外野に回して、追い上げられた時に再登板ということが可能となる。
しかし、寺島にはその起用法ができないため、初戦で4点リードしていても、万が一のことを考え、最後まで変えられなかったのだろう。

2つ目は、松坂や藤浪の高校時代もそうだったが、圧倒的な力がありすぎて、打者がまともに前に飛ばせず、自ずと球数が増えてしまうことである。
ストレートもスライダーもチェンジアップも一級品すぎて、横浜打線ですら、外野に打球がほぼ運べなかった。
キャッチャーは、おそらくそのあたりを分かっていて、相手がわかっていてもインコースのストレートを続け、詰まった内野ゴロを打たせようとしてはいたが。

そんなジレンマもあり、疲労がたまりやすかったようにも感じた。


■歴史を作る敗戦

高橋も、2試合連続150球近く投げて完投している。
そして、履正社以上に、2番手以降の実力差があり、一刻も早く、プレッシャーの少ない場面で投げさせておきたい事情があったと考えられる。
だからこそ、今日の試合も5点取られた後も、高橋ではなく、違うピッチャーに交代していた。
少しでも高橋以外に投げさせておきたいという意図を感じた。

花咲徳栄が優勝するとしたら、2番手・3番手を先発させ、3・4回くらいから高橋を投入する展開を、4回戦以降は毎試合続ける戦い方だっただろう。
高橋は、去年の夏も東海大相模に対し、リリーフで登板し、力でねじ伏せるピッチングを見せている。(そのブログ
平均的な右ピッチャーの後に、高橋のような剛球サウスポーが出てくると、相手も対応するのが難しい。

高橋も、寺島と同じく、初戦の大曲工で、途中降板できなかったことが悔やまれる。

履正社にしても、花咲徳栄にしても、まだ甲子園での優勝経験が無く、ドラフト1位級のサウスポーを擁して臨む今大会は、念願の全国制覇を果たす、またとないチャンスであった。
それゆえ、一戦必勝という考えではなく、明らかに決勝までの5.6試合のプランができていたはずである。そうでもなければ、常総学院・作新学院という関東の雄を相手に、2番手を先発で使わないだろう。

しかし、初戦だけは、初戦敗退だけは避けなければいけないという心理があったはずだ。
経験豊富な東邦などは、大事な初戦から平気で絶対的エースではなく、2番手を先発させている。
この余裕(というより覚悟)は、残念ながら2校には無かった。

ちなみに、こういうチームは、得てして、翌年に力の落ちる選手たちが、前年を超える成績を残すことが多い。
中田翔の1学年下が全国制覇した大阪桐蔭しかり、大谷翔平の1学年下が全国ベスト4に入った花巻東しかり。
この負けが、2校の歴史のターニングポイントとなることを期待したい。

なお、高橋は、素材は間違いないだけに、ソフトバンクあたりに焦らず育ててもらい、体力強化・ストレートの質を高めてもらいたい。
去年のドラ1の高橋純平と共に、左右のダブル高橋が、5年後のソフトバンクを支えるみたいな妄想もしてしまう。
タイプ的には、少ない球種ながら、的を絞らせない投球をする、内海みたいな感じだろうか。


■勝つための決断

藤平の場合は、単純に、左腕の石川の方が、左打者を7人揃える履正社に勝てるという理由だろう。

その選択は間違いだったとは言えない。
初回の三者三振は、左バッター3人が全く石川のストレートを打てる感じがしなかった。
試合を決めることになったスリーランホームランは、数少ない右バッターに、配球が単調になったところを、ものの見事に捉えられたものであった。
本当にそこだけだった。

藤平が投げていたら、どうなっていただろうか。石川より抑えることができたかと言われると微妙である。

個人的には、藤平は、現時点では素晴らしい投手と思うが、プロに入ってから、活躍する姿がいまいち想像がしづらい。
肉体的にも技術的にも、完成されているがゆえに、ストレートの球速がさらに伸びたり、劇的に武器となる変化球が生まれない気がしてしまう。あくまで感覚的なものではあるが。

できれば、高卒投手の育成がうまい、日ハムあたりに入り、素材を生かした磨き方をしてもらいたい。


■進化の代償

話はそれるが、横浜高校は、昔からインコースをぐいぐい攻めてくるピッチャーに弱い傾向がある。
あくまで想像だが、渡辺前監督・小倉前コーチの教えで、練習では逆方向へ低い打球を徹底され、自ずとインコースを強引に引っ張るスタイルではなくなる。
試合では、横浜の名に押された相手が、外中心の配球とならざるを得ず、ますます練習通りの逆らわないバッティングのオンパレードとなる。
山ほどプロを輩出しているが、筒香くらいしか長距離砲がいないのが、その証拠といえる。

しかし、いよいよ怪物が現れた。
そう、万波である。

コンゴ人の父を持つ万波のケタ外れのパワーが順調に育てば、2年後の高校球界の中心には間違いなく彼がいることだろう。

指揮官も、昨秋から若い平田監督に変わり、練習法においても様々な変革をしているようであり、素材の良さを活かした育成が期待できる。

日本全体のグローバル化、高校野球を取り巻く環境の変化、指導方法の変革。
万波は新時代のシンボルとなるかもしれない。


そして、BIG3の敗退は、きっと過渡期を迎えた日本の高校野球の進化の代償なのであろう。
横綱を倒すための教科書といっていい展開であった。

先制攻撃で、出鼻をくじく。
相手が整う前にリードを作る。
相手が盛り返してきても、耐えて、思うように差を詰めさせず、焦らせる。
最初から最後まで、相手のペースに持ち込ませない。

2日前、東西横綱の対決と言われた横浜との試合を制し、いよいよ上位進出への勢いをつけた履正社を、同じ関東勢の常総学院が、ものの見事に打ち倒した。


■完璧な先制攻撃。

履正社は、2試合連続で1失点完投の寺島ではなく、大方の予想通り、同じく左腕の山口を先発に立てる。
山口もプロ注目のピッチャーで、他校では文句無しでエースのレベルであり、大阪府大会では、4試合に先発をしている。
しかし、初の甲子園のマウンド。

試合巧者の常総学院は、この山口の立ち上がりを見事に捕まえた。

先頭の有村がストレートを完璧に捉え、左中間を破るツーベースヒット。
その後、二死一三塁から、5番清水が右中間を破り、2点を先制。

山口も調子が悪いようには見えなかったが、それ以上に常総学院打線が、狙い球を絞り、一振りで捉えていった。

続く2回、ヒットとフォアボールで再びチャンスを作ると、早くも寺島を引きづり出す。
ここでも、1番有村がストレートを捉え、右中間を深々と破るスリーベースで2点を追加。
そして、2番陶山もインコースのストレートにどん詰まりながら、前進守備のショートの頭を越えていくタイムリーで、5点目。

あっという間に5-0。
履正社が、雷雨中断を2度挟んだ、横浜戦の2回に一気に5点を奪い、主導権を握った展開を再現するような見事な先制攻撃であった。


■流れを渡さない我慢

常総学院先発の鈴木は、勢いのあるストレートとスライダーのコントロールが良く、常に優位なカウントで相手を追い込んでいく。
しかし、地力のある履正社打線は、追い込まれてからでも力強いスイングでヒットを放ち、何度もチャンスを作り出す。

ここで光ったのが、常総学院の内野陣の固い守備である。

ピンチの場面で、履正社打線の強いゴロが飛んできても、身体で止めたり、落ち着いて近くの塁でアウトを取っていく。
当たり前のことだが、無理なプレーをすればするほど、ミスをするリスクが高まる。そのリスクを冒さず、手堅くアウトカウントを重ねていった。

5回表には、寺島の野選、暴投と相手のミスに乗じて追加点を奪うと、スリーバントスクイズを決めて、なんと7点目。
守っては、5回までに10本のヒットを打たれながらも、ピンチでの粘り強い守りで、2失点にとどめる。

相手に流れを渡さぬよう耐えて、相手が苦しんでいるうちに追加点を奪い、さらに履正社の焦りを大きくする。


■寺島の快投と地元の大声援に。

6回以降は、本調子を取り戻した履正社寺島が、圧巻のピッチング。
5連続奪三振で、地元の大声援とともに、流れを引き寄せる。

しかし、対する常総学院は、ランナーを背負っても、相変わらず淡々とアウトを積み重ね、傷口を最小限にとどめる。

プロも驚くような体格で、150キロを超えるストレートを投げるような選手が増えたとはいえ、まだ高校生である。
精神的にも技術的にも、まだまだ未熟がゆえ、終盤の大逆転劇が起きるのも高校野球の魅力の一つである。

しかし、常総学院は、冷静に状況判断を行い、慌てず目の前の一つのプレーに集中し、流れを失うようなミスを出さない。
寺島の快投に、履正社ペースになってきた中で、8回裏の守りを三者凡退に抑え、9回表の攻撃も簡単に3人で終わらず、最後まで履正社に流れを渡さない。
地元の大声援を背負った横綱相手に、なかなかできることではない。


■どう記憶されるか。

2日前、全国屈指の逸材を揃えた横浜の強力打線を、マウンドで表情一つ変えず、憎らしいほど落ち着いた投球で沈黙させた寺島。

183センチ85キロの堂々たる肉体で、右打者の膝元に150キロ超えるストレートを見事なコントロールで投げ込んだかと思うと、抜いたチェンジアップで簡単に空振りを奪い、緩いカーブでカウントも取ることもできる。
高校3年生にして、この完成度。
来年には、間違いなくプロへ進み、早い段階で一軍での活躍をも期待させるピッチャーである。

一方で、キャッチャーが自分の思うようなサインを出さないと、マウンドに呼びつけたり、ベンチに戻ると下級生に冷却スプレーをかけさせたり、どこかワンマンで自己中心的な振る舞いが気になっていた。

その寺島が、終盤に入ると、マウンドでも味方選手に笑顔を見せる回数が増えてきた。
9回のピッチングを終えて、ベンチに戻ると、身を乗り出して大きな声を出しはじめた。
この土壇場で、野球はチームスポーツであることを思い出したかのように。


試合は、履正社が最後の粘りで1点を返すも、最後まで常総学院が崩れることなく逃げ切った。

事実上の決勝戦ともいえる横浜戦を制した優勝候補の履正社を、教科書通りの筋書きで破ったこの試合は、おそらくは今大会の中で印象に残る試合の一つとなるだろう。

しかし、寺島が、この試合の中で、大切な何かに気付いたことで、さらに進化を遂げ、大投手へ成長したとしたら。
横綱が破れた試合ではなく、寺島が進化するターニングポイントとして、日本球界の歴史に残る試合と記憶されるだろう。

寺島よ。
私をその目撃者と自慢させてくれ。
柔道日本代表は、重圧を背負いすぎている。

銀や銅では満足してはいけない。
そんな環境に置かれているように見える。


しかし、もはや日本の柔道は、勝って当たり前という時代ではない。
日本一になれば、世界一のレベルにあるわけではない。
実力以上のものを発揮して、ようやく銅メダルというレベルの選手もいるはずだ。
素直に銅メダルを喜べばいいのではないか。


ロンドン五輪で、金メダルゼロに終わったことで、井上康生監督は様々な改革を行ったようだ。
おそらく、長らく柔道界で「常識」とされたことを見直し、また「タブー」とされていたことにも取り組んだであろう。
結果として、全階級でメダル獲得という素晴らしい成果を成し遂げた。

「変化」は「進化」なのである。



素晴らしい成果を残した中で、筆者がどうしても気になることが一つあった。

選手達が、監督やコーチのことを、「先生」と呼ぶことである。
これは、他の競技では聞かれないことである。(もしかしたら武道の世界では普通なのかもしれないが。)

「先生」ということは、教師と生徒の関係ということである。
つまり上下の関係であり、指導者と選手のような対等な関係とは、微妙に異なる。

「先生」とは、教える人物であり、評価をする人物である。
選手が勝つためにではなく、先生に評価をされるために戦っているとは思わないが、何か根底にそのような意識があるのではと考えてしまう。

調べてみると、柔道の全日本選手権では、観客席の最前列は関係者、つまり「先生」の席になっているらしい。
普通に考えたら、最も高い料金を得られるであろう席を、「先生」が無料で座っているのだ。
まさに、「先生」に評価をしてもらうために戦っているようである。
一体、誰を見て、競技を行っているのだろう。


やたらと、監督は選手が、「一本」へのこだわりを見せるのも、おそらく「先生」の影響であろう。
優勢でリードを奪ったまま、逃げ切る柔道は、「先生」には評価されないのであろう。
勝てば同じことなのに。


「先生」
ただの言葉の問題であればいいのだが、本質的に組み込まれた意識であれば、まだまだ改革すべき課題は根深いように感じる。



男子柔道、復権の全階級メダル獲得。
井上康生監督が変えた代表の空気。