久々の更新です。
この間の休日公開された話題の映画TOKKOを見てきました。
オフィシャルサイト
http://www.cqn.co.jp/tokko/
ネットで映画館(渋谷シネ・ラ・セット)調べてゆくと ホールに人があふれ満席で入れませんでした。
なので整理券をもらい次回の回を見ることに。。。
中へ入ってびっくり・・
定員40名の映画館ってホームシアターとかわらない。。。
後ろの座席はゆったり座れるけど前のほうや脇は簡易椅子でした。。
画像もDVDを大きくして映し出すから荒い。。。
しかし立ち見も出る盛況でした。
ストーリー
ニューヨークで生まれ育った日系二世のリサ・モリモト監督は、
ある日、自分の叔父が特攻隊員だったことを知る。
彼女にとって“特攻”とは狂信的で愚かな行為でしかなかったが、
叔父をはじめ多くの元特攻隊員が当時のことを何も語らずに死んでいったことを知り衝撃を受ける。
彼女は当時の話を聞くために、日本にいる親せきや元特攻隊員らを訪ねる。
うちのだんな様は亡くなったヒロシが元海軍に所属していたと知ってから
私たち夫婦は日本が参戦した戦争映画をよく見るようになりました。
父親たちの星条旗・硫黄島からの手紙
太陽
パール・ハーバー
男たちの大和 YAMATO
など・・・
戦争映画を見るたびもう日本は二度と戦争をしてはいけないんだと思わずにはいられません。
この映画はドキュメンタリーです。
昔の貴重な映像や生き残った特攻隊の方々からのインタビューで成り立っています。
終戦間近日本が徐々に追い詰められて行く様子が淡々と語られてゆきます。
そのときの特攻隊の置かれていた状況。。
アメリカで見つかった戦闘機がアメリカ軍の軍艦に激突する瞬間の映像も入っていて
衝撃を受けます。
お国のために・・片道しか燃料を積ませてもらえず10代の優秀な若者は飛び立ってゆくのです。
特攻で亡くなった若者4000人・・・
そして生きているときは軍事秘密なので身内にも話さず・・
生き残った人々も固く口を閉じ自分は特攻隊と言うことを隠し通すのです。
見終わった後すごく疲れました。。。
そして亡くなったヒトシのことを思い出しました。
ヒロシは戦中の写真をたくさん持っていてアルバムに張ってありました。
兵隊さんは戦地でこんなに頑張ってるんだよと軍が家族に写真送っていたからだそうです。
この間実家へ帰ったときうちのだんな様からのリクエストで実家から借りて今我が家にあります。
その写真を見たときだんな様がお父さんは海軍の航空隊にいたんだね。
と言いました。
何でと聞くと少ないけど空母が写ってるし・・ゼロ戦も写ってるよ。
それにユニフォームもそうだと思うけど・・・
私は海軍にいたとは聞いたことがあるが・・航空隊にいたなんて聞いたことない。
そのときは気にもとめませんでした。
今回TOKKOを見て
うちへ帰って夫婦でヒロシのアルバムを何回も見直しました。
年代順に張られている最後のほうに何枚かのゼロ戦・空母艦・戦闘服を着た父。
集合写真に横須賀海軍航空隊の文字が・・・・
ヒロシはもう亡くなりなにも語ってくれません。
しかし私の子供のときの記憶の中に映画にも挿入されている同期の桜。。。
ヒロシは絶対に歌いませんでした。
歌謡曲が大好きでお酒を飲むとよく歌っていたのに何でって聞いたことがあります。
答えは
嫌いだから・・・
私たち夫婦の生まれる前に撮られた写真はいろんなことを語りかけていたんですね。。
夫婦で写真みながら・・ヒロシのことだんな様のお父さんのこと話し合いました。
この映画多くの人に見てもらいたいねとも。。
でも映画館は40名しか入れないし・・
大きな映画館で上映されることを願います。
そして今も世界で起こっている戦争やテロがなくなることを祈りました。
日本憲法9条は絶対守らなければならないと思います。