映画『レット・イット・ビー ~怖いものは、やはり怖い~』震災エピソード
映画『レット・イット・ビー ~怖いものは、やはり怖い~』
映画の最後の章で、東日本大震災時、津波で亡くなった方のエピソードが扱われている。
実際、3.11後、被災地で幽霊体験が人口に膾炙した。
2013には、NHKスペシャル 東日本大震災 亡き人との“再会”~被災地 三度目の夏に~が放映され、私も観た。
番組は語る。
被災地では今、「故人と夢で再会した」「気配を感じた」など「死者との対話」体験を語る人が後を絶たない。「不思議な体験」に耳を傾け、亡き人とともに生きる姿を見つめる。
本当に不思議な死者との再会が語られた。
特に印象に残っているのは、父親の証言
~東日本大震災で妻と0歳と1歳の二人の息子を亡くしました。
「父親らしいこと、何一つしてあげられなかった」とふさぎこんで生きて、3年目、
私がねていると、トントンって肩をたたくんです。
ふとみると、そこには3歳と1歳になった2人の息子と不思議な女の子が立っていました。
長男が「パパ、大丈夫だからね!」と励ましてくれました。
二男は無邪気にきゃっきゃとわらっていました・・・
それ以来、家族がいつも見ていてくれて共に暮らしているように感じるようになりました。~
NHKも認める通り、数多くの霊体験が語られ、それらの体験談は、大学の研究室や、ノンフィクション作家によってまとめられ、出版されている。
私の手元にも、「魂でもいいから、そばにいて~3.11後の霊体験を聞く:奥野修司著」、そして「新潮2016.4の特集、死者と生きるーー被災地の霊体験」がある。
ちなみに、新潮を入手した目的は、霊体験の特集ではなかった。知人の田中司さんが師事した蓮實重彦氏の「伯爵夫人」という小説を読むためだった。偶然、震災特集が組まれていた。
災害時におけるこの手の体験談は、他でも多く語られている。
私の場合、忘れられない幽霊談は、飛騨川バス転落事故である。
私が8歳、1968年、104人が死亡したこの事故は、日本のバス事故史上における最大の事故であり、世界のバス事故史上においても最大級に分類される事故である。
この事故は、私の地元で起こったゆえ、よく記憶している。時の佐藤栄作総理も現地を訪れた大災害であった。
事故現場となった国道41号は、皆が日常的に使う国道。
親戚のおじさん等から一番よく聞いた話が、タクシーの乗客が、降車時、消えていて座席が濡れていた・・・というものだった。
子供心にとても怖い思いをした。
これらの幽霊談は、かなり続き、後年、テレビ番組で、霊能者が訪れ、未だ彷徨う死者と語る、そんな番組が流れたこともあった。
さて、今回の映画では、被災地で彷徨う一人の死者のエピソード、その原因、理由が語れらた。
死者を演じたのは、コント赤信号のお笑いタレントでもあり、俳優でもある小宮孝泰氏。
小宮氏の演技は、リアルであった。リアリズムの極致というと大袈裟だろうか。
俳優の演技とはすごいもんだなあと思うのである。
演技の観点から、私的には、この映画の白眉の一つとなった。
キャスティングの妙といえようか。例えば、他の2枚目の役者さんだったら、あのリアルさは感じなかったと思うのである。
監督さんなのか、プロディ―サーなのか、全体のキャスティングが素晴らしい。
キャストがはまっていると、本当に、映画に引き込まれる。
今回の映画は、そういう意味でも、スーッと引き込まれた。
東日本大震災の被災地でも上映されているわけですが、実際に被災され親族を亡くされた方が鑑賞されたなら、それは同時に、大いなる供養となるのだと思います。合掌。