彼ら(朝鮮半島の人々)が「青春」をもつことができなかった、という悲劇・・・
FBの投稿で南原宏冶さんが、龍馬を『民族の青春』と表現した件で、それを敷衍して、記憶に基づきコメント欄で以下のように書いた。
~慶大福田和也教授はかつて、「韓国民は民族の青春という歴史を持っていない。日本の歴史に嫉妬している・・」と書いておられた。~
幾人かの方がお読み下さって、FB上で「いいね」を押して下さった。
なかには、ハート・マークもあったゆえ(笑)
気になって原典「魂の昭和史(震えるような共感、それが歴史だ)福田和也著:1997刊」の該当箇所を読み直して、再確認すると、ニュアンスが違っていたので、ここに引用させて頂き、正確にお伝えしたいと思います。
果てのない日韓の問題の福田和也氏がいう「本質」に関わる歴史認識の肝の部分であります。
以下、引用
~第二次世界大戦が終わって、日本の朝鮮支配に終止符がうたれたときに、決算をしてみたら、日本側の大幅な赤字だった。(西欧列強が植民地から一方的に収奪、徹底的にかっぱらうだけだったのとは全然違った)
つまり、朝鮮から資源を調達したり、そこで企業活動をしたりして儲けた利益よりも、朝鮮の社会整備のために費やした費用のほうがずっと多かった。
それくらい日本は一生懸命朝鮮半島に投資した。~
中略
~朝鮮半島の近代化は、日本の手によって行われ、彼らは日本の「おかげ」で、近代化した。
これは非常に深刻なことだ。
明治維新による近代化が、日本にとっての青春というのか、自らを脱皮させて自立していく過程だとすれば、その「青春」を日本は朝鮮半島から奪ってしまったのだから。
それこそが、日本と朝鮮半島の問題の核心だ。
植民地支配だの、従軍慰安婦だのといった問題は、みんなこの核心のフリルみたいなものだよ。
だから、日本が反省しないとか、
謝罪しないとかいった話も、本当は彼らにとってどうでもいいことなんだね。
そんなことをしても、「青春」がかえってくるわけはないし、それは詫びようも、反省もしようがないことだよ。
なんらかの形で朝鮮半島の人たちが「青春」を謳歌するまで、絶対に解消できないわだかまりが、続くわけだ。
ここのところをよくわきまえて欲しいし、彼らに対して感じるべきなのは、併合をしたという罪悪感よりも、むしろ彼らが「青春」をもつことができなかった、という悲劇に対するおもんばかりだと思う。~
福田和也(現慶大教授)は、私とまったくの同年齢。
この著書を書かれたのは、37歳の時。
全体を通して、その筆は、とても37歳のものとは思えない。タイトル通り、魂による筆であって、肉体年齢は関係ないのだろう。
こういった方の「見解」が、昨今の最悪と言われている日韓関係に対して、少なくともテレビ等で見聞できないのは残念である。
お笑い芸人がコメントするのもよろしいが、こういった深い教養、思索をお持ちの「魂」が表には出て来られなくなった。最近、福田和也教授をテレビで見なくなった。
ひろしもそうだが、中身が「空洞」で、条件反射で、肉が騒音を発しているようなそのような輩を面白がっている風潮は、これまた日本人にとっての「悲劇」であろう。
※ひろしの最大の問題は、大川隆法総裁の著作(経典)を全く読んでいないという事である。ゆえに、私は、中身「空洞」と書いている。それは上から目線といわれようが、客観的事実であろうと思っている。あしからず。
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