これからも絶望的前衛として頑張っていこうと思います。 | 加納有輝彦

これからも絶望的前衛として頑張っていこうと思います。

 かつて、フォークの神様の岡林がエレキギターを手に、バックにはっぴいえんどを引き連れてコンサートをした。タイトルの「絶望的前衛」という言葉は、岡林信康が『私達の望むものは』を歌う前に吐き出した言葉だ。

「これからも絶望的前衛として頑張っていこうと思います。」

私が中学生の頃、この岡林の言葉に接して、かっこいい表現に飢えていた少年は、意味もはっきり分からないまま、この言葉を使うチャンスを探していた。爾来35年有余、やっと少年は、この言葉を使うチャンスを得た。少年は今年誕生日で50歳である。


 幸福実現党は、既成政党の前衛である。

そして、幸福実現党は、宗教政党として、おそらくかなりの多くの国民の目線は、「懐疑的」であろう。
そもそも宗教には、漠然とした偏見がある。抵抗がある。これは事実である。それを力ずくで崩すことは不可能だ。偏見を持つことは各人の内心の自由だから。懐疑的になるのも各人の内心の自由だから。信仰を持つことが内心の自由であるように。

はっきりとしたことは分からないが、支持率1%からの出発である。99%は未開の地だ。

途方もない無力感に襲われることがないではない。これは弱音ではない。生身の人間の感情だ。

私は、あえて素直に出発したい。絶望的前衛として船出をするのである。絶望的前衛としての立ち位置に立ってこそ、初めて皆さまと共感できると思っている。宗教に理解ある人も、そうでない人とも繋がりたい。


何が、宗教政党に対する偏見を崩すきっかけになるのだろうか。

生身のおのれの肉体と魂でもって、一人一人と交わる以外ない。一人の人間の前に立つしかない。

薄っぺらな綺麗な言葉でなく、本当のことばで語りかけたい。激誠の人でありたい。

もし、どこかの街角で出会うことができたなら、私はあなたに語りかけます。この大変生きにくい時代を、お互い、これからも絶望的前衛として頑張っていきましょう。
 この絶望的前衛という立場は、逆説的にマグマを内包している。ごまかしがないからである。現実を隠ぺいしようとして薄っぺらな言葉で糊塗するより、激しくマグマを内包しているのである。

 幸福実現党は、あなたの、ニッポンのマグマを湧出させます。ごまかしがないから。真っ裸の赤子の如き素直で純粋な、そしてパワフルなあなたと共に。

不安に満ちたこの世界を、繋がって共感しあって生きていきたい。そのお役に幸福実現党が立つことができたら嬉しいです。


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