こころ禅…365日『一🍓一🖼️』日めくり言葉 R24. 7―2
ほりさんの笑顔の『一期一会』
【人生は一生に一度の出会い…大切にしよう】を感じ、思いをお届けします。
《心に響く…禅のことば》
【美しい四季の香り…『一🍓一🖼』禅】
禅は“こころ”です
🪷竹葉々☆*~🧘♀☆*~🪷起清風☆*~
『竹葉々起清風』
〔竹、葉々清風を起す〕
(たけ、ようよう せいふうをおこす)
【竹が爽々(さやさや)と清風を送っている様子です…
人の気配を取り去り…
いっそう端的に竹林の美しさを表現したもの】
です。
🪷竹葉々☆*〜🧘♂☆*〜🪷起清風☆*〜
虚堂(きどう)禅師の所に、三人の客が訪れます。
三人の客は、かつての弟子や仲間だった心友です。
これから遥か遠い遺跡を目指して、旅立つ別れの挨拶を交わす場面です。
旅に安全の保証は有りません。
また、いつ会えるか分かりません。
禅師は、三人を門の前まで見送ります。
《葉々》とは…
葉が風に吹かれてサラサラと鳴る様子。
《起》とは…
風を発生させること。
《清風》とは…
爽やかな風。
🪷竹葉々☆*〜🧘☆*〜🪷起清風☆*〜
友との交流の清らかさ~別離(わかれ)の場面で…
「相送当門有修竹」
〔相送って門に当たれば修竹有り〕
「為君葉々起清風」
〔君が為に葉々清風を起こす〕
【あなたたちが旅立つにあたって、門の近くの竹の葉に爽やかな風が…
餞別代わりに清々しい風が吹き送られて来ますよ】
とあります。
《為君(君が為に)》は、for you(✨あなたのために)です。
【葉が風に吹かれてサラサラと鳴っているのを、旅立つ✨あなたの為に、葉が清風を起こして、見送っている】
という意味の別れを偲ぶ詩なのです。
また、修行に出る雲水たちを見送るという説もあります。
竹までも✨あなたたちとの別れを惜しんでいるかのようだ、という別れの寂しさや旅の安全を願う気持ちを詩で表現しているのですネェ。
何とも“別れの清らかさ”は美しい光景ですネェ。
🪷竹葉々☆*〜🧘♀☆*〜🪷起清風☆*〜
お互いに相手のことを思い合いつつ、感情のままに振る舞うのではなく、爽やかに最後の別れの時を迎えています。
別れの時というものは、様々な感情が溢れてくるものです。
言葉では、すべてを言い尽くすことは出来ません。
多くの思いが浮んで来て紡(つむ)いでも、伝えきれないのかも知れません。
🪷竹葉々☆*〜🧘♂☆*〜🪷起清風☆*〜
先日も数十年来の友(58歳)を火葬場まで行き、骨を拾い見送りました。
✨あなたも🙏ほりさんも…
心と心が通じ合った“心の友”だからこそ、最後の別れは誠意っぱいの“おもてなし”をして別れましょう。
これぞ、まさしく『一期一会』です。
禅は“こころ”です
🪷一🍓一🖼☆*~🧘♀🪷一期一会☆*~
私たちの人生は、一生のうち、どれだけの出会いを経験するでしょうか⁉️。
人生を変えるような大きな出会いも、勿論(もちろん)あるでしょう。
でも、ほとんどが意識すること無く、小さな出会いで終わってしまうことでしょう。
朝のウオーキングで出会って挨拶する人…
犬の散歩で時々会って挨拶する人…
知人を介して一度だけ話した人…
いつも同じ通勤電車やバスで乗り合わせる人……
顔を知ってる程度で、ほとんど意識することもない関わりも有ります。
そして、こうした出会いも「一期一会」です。
🪷一🍓一🖼☆*〜🧘♂🪷一期一会☆*〜
《一期》(いちご)とは…
人間の一生です。
《一会》(いちえ)とは…
ただ一度の出会いを云います。
元々は茶会の心得を説いた言葉です。
現代は、人と人の出逢いについて広く使われています。
【そもそも茶の湯の交会(こうえ)は、一期一会といひて、たとへば幾たび同じ主客と交会するとも、今日の会は再び帰らざることを思へば、実にわれ一世一度の会なり】
井伊直弼「茶湯一会集」より
茶会に臨むときは、それが一生にたった一度の機会と心得、亭主・客ともに互いに誠意を尽くしなさいと説いています。
🪷一🍓一🖼☆*~🧘🪷一期一会☆*~
出会いは一生にただ一度きり、だから儚(はかな)いものだと言うのではなく、「ただ一度しかない出会いだからこそ、今という時の巡り合ったご縁を大切にしよう」
それが「一期一会の心」です。
毎日のように顔をつき合わせる家族や、友人、同僚などの会話も、私たちは当たり前のようにしています。
でも、今日と同じ日は二度と来ません。
お互いに「おはよう」と交わす言葉もその瞬間は「一期一会」です。
今日✨あなたは誰に、どんな風に挨拶しましたか⁉️。
禅は“こころ”ですョ
🪷一🍓一🖼☆*~🧘♀🪷一期一会☆*~
ほりさんの笑顔の『一期一会』
【人生は一生に一度の出会い…大切にしよう】を感じ、思いをお届けします。
《心に響く…禅のことば》
【美しい四季の香り…『一🍓一🖼』禅】
禅は“こころ”です
🪷竹葉々☆*~🧘♀☆*~🪷起清風☆*~
『竹葉々起清風』
〔竹、葉々清風を起す〕
(たけ、ようよう せいふうをおこす)
【竹が爽々(さやさや)と清風を送っている様子です…
人の気配を取り去り…
いっそう端的に竹林の美しさを表現したもの】
です。
🪷竹葉々☆*〜🧘♂☆*〜🪷起清風☆*〜
虚堂(きどう)禅師の所に、三人の客が訪れます。
三人の客は、かつての弟子や仲間だった心友です。
これから遥か遠い遺跡を目指して、旅立つ別れの挨拶を交わす場面です。
旅に安全の保証は有りません。
また、いつ会えるか分かりません。
禅師は、三人を門の前まで見送ります。
《葉々》とは…
葉が風に吹かれてサラサラと鳴る様子。
《起》とは…
風を発生させること。
《清風》とは…
爽やかな風。
🪷竹葉々☆*〜🧘☆*〜🪷起清風☆*〜
友との交流の清らかさ~別離(わかれ)の場面で…
「相送当門有修竹」
〔相送って門に当たれば修竹有り〕
「為君葉々起清風」
〔君が為に葉々清風を起こす〕
【あなたたちが旅立つにあたって、門の近くの竹の葉に爽やかな風が…
餞別代わりに清々しい風が吹き送られて来ますよ】
とあります。
《為君(君が為に)》は、for you(✨あなたのために)です。
【葉が風に吹かれてサラサラと鳴っているのを、旅立つ✨あなたの為に、葉が清風を起こして、見送っている】
という意味の別れを偲ぶ詩なのです。
また、修行に出る雲水たちを見送るという説もあります。
竹までも✨あなたたちとの別れを惜しんでいるかのようだ、という別れの寂しさや旅の安全を願う気持ちを詩で表現しているのですネェ。
何とも“別れの清らかさ”は美しい光景ですネェ。
🪷竹葉々☆*〜🧘♀☆*〜🪷起清風☆*〜
お互いに相手のことを思い合いつつ、感情のままに振る舞うのではなく、爽やかに最後の別れの時を迎えています。
別れの時というものは、様々な感情が溢れてくるものです。
言葉では、すべてを言い尽くすことは出来ません。
多くの思いが浮んで来て紡(つむ)いでも、伝えきれないのかも知れません。
🪷竹葉々☆*〜🧘♂☆*〜🪷起清風☆*〜
先日も数十年来の友(58歳)を火葬場まで行き、骨を拾い見送りました。
✨あなたも🙏ほりさんも…
心と心が通じ合った“心の友”だからこそ、最後の別れは誠意っぱいの“おもてなし”をして別れましょう。
これぞ、まさしく『一期一会』です。
禅は“こころ”です
🪷一🍓一🖼☆*~🧘♀🪷一期一会☆*~
私たちの人生は、一生のうち、どれだけの出会いを経験するでしょうか⁉️。
人生を変えるような大きな出会いも、勿論(もちろん)あるでしょう。
でも、ほとんどが意識すること無く、小さな出会いで終わってしまうことでしょう。
朝のウオーキングで出会って挨拶する人…
犬の散歩で時々会って挨拶する人…
知人を介して一度だけ話した人…
いつも同じ通勤電車やバスで乗り合わせる人……
顔を知ってる程度で、ほとんど意識することもない関わりも有ります。
そして、こうした出会いも「一期一会」です。
🪷一🍓一🖼☆*〜🧘♂🪷一期一会☆*〜
《一期》(いちご)とは…
人間の一生です。
《一会》(いちえ)とは…
ただ一度の出会いを云います。
元々は茶会の心得を説いた言葉です。
現代は、人と人の出逢いについて広く使われています。
【そもそも茶の湯の交会(こうえ)は、一期一会といひて、たとへば幾たび同じ主客と交会するとも、今日の会は再び帰らざることを思へば、実にわれ一世一度の会なり】
井伊直弼「茶湯一会集」より
茶会に臨むときは、それが一生にたった一度の機会と心得、亭主・客ともに互いに誠意を尽くしなさいと説いています。
🪷一🍓一🖼☆*~🧘🪷一期一会☆*~
出会いは一生にただ一度きり、だから儚(はかな)いものだと言うのではなく、「ただ一度しかない出会いだからこそ、今という時の巡り合ったご縁を大切にしよう」
それが「一期一会の心」です。
毎日のように顔をつき合わせる家族や、友人、同僚などの会話も、私たちは当たり前のようにしています。
でも、今日と同じ日は二度と来ません。
お互いに「おはよう」と交わす言葉もその瞬間は「一期一会」です。
今日✨あなたは誰に、どんな風に挨拶しましたか⁉️。
禅は“こころ”ですョ
🪷一🍓一🖼☆*~🧘♀🪷一期一会☆*~