生成 AI を使って「日米半導体戦争」の真実を捜査する3回目です。
今回は、生成 AI が一番怪しいと回答した当時の DARPA 長官 ロバート・S・クーパー(Robert S. Cooper)氏を中心に調査してみます。
当時の DARPA 長官
1981年から1985年までアメリカが半導体のシェアで日本に逆転され引き離された時期に DARPA の長官だったのがロバート・S・クーパー(Robert S. Cooper)氏です。
NASA より引用
略歴
・1936年生まれ
・1954年:アイオワ大学で電気工学の学士号
・空軍に2年間勤務(1950年半ば以降にエグリン空軍基地(フロリダ州)に勤務、詳細は不明)
・1958年:オハイオ州立大学で電気工学の修士号
・1963年:マサチューセッツ工科大学(MIT)で電気工学の理学博士号(Sc.D.)
・1963年~1966年:MIT 助教授
・1972年:国防長官室 防衛研究技術担当次官
・1975年:アメリカ航空宇宙局(NASA)ゴダード宇宙飛行センター副所長
・1975年:国防における功績により国防長官功労文民賞(Secretary of Defense Meritorious Civilian Service Award)を受賞
・1976年~1979年:ゴダード宇宙飛行センター所長
・1981年~1985年:DARPA 所長
・1985年~2005年:Atlantic Aerospace Electronics Corporation を設立し社長兼取締役
・2007年没
調べてみたら、彼はバリバリの現場技術者で空軍関係者ですね。(NASA は元々軍用機(民間用に応用も)を開発する NACA が改編した(軍と非常に関係の深い)組織です。)
ChatGPT にクーパー氏の DARPA 長官時代の経歴についてまとめてもらいました。
どうやら、素晴らしい手腕で米議会から予算を獲得して、DARPA が衰退しつつあった状態を魔法のように改善して生き返らせた人物のようです。
DARPA長官時代(1981〜1985年)の主要業績
クーパー氏の DARPA に残る長官時代の経歴では、下表のとおり毎年のように巨大な計画を立ち上げて成功させています。
年
主なプロジェクト
概 要
1981〜
高エネルギー・レーザー計画
軍事用レーザー兵器や宇宙配備型システムの研究開発を統括
1982〜
GPS統合運用の推進
各軍種がバラバラに運用していたGPSを統合管理する枠組みを構築
1983〜
Strategic Computing Initiative(SCI)
スーパーコンピュータ、人工知能、並列処理を統合した長期研究プログラムを開始
1983〜
SURANプロジェクト
モバイルAd-Hoc無線ネットワークの研究開発
1980年代前半
X-29実験機計画
前向き後退翼や複合材技術の実証機開発
同時期
Assault Breaker計画
精密誘導兵器とセンサー融合の基礎研究、後のJSTARSや無人機技術の基盤
実際の1980年頃
実際の当時の世界情勢です。
・1975年:ベトナム戦争終結
・1979年~1989年:ソ連が長期間に及ぶアフガニスタン侵攻で弱体化
・1985年:ソ連でゴルバチョフがペレストロイカを断行
・1989年:冷戦終結
1980年前後、アメリカはベトナム戦争の後遺症が残り、対する超大国のソビエト連邦も国力が低下して、アメリカの軍事予算と DARPA の開発予算が大幅に減額されつつあった時期になります。
つまり、軍の将来兵器を開発する機関であった DARPA は、予算的には厳しい時期だったのです。
しかし、実際には上の表のように DARPA はクーパー氏の活躍により、大幅に増えた予算で巨大プロジェクトを行っています。
これは矛盾するのでいろいろと調べてみます。
「DARPA the imagineers of war」第16章に、このような記載があったので引用します。
日本語訳です。(Google 翻訳)
冷戦の直接的な根拠を欠いた巨額の支出増を正当化するため、DARPAは日本に言及した。
1981年、日本は人工知能の開発を目指す第五世代コンピュータ・プロジェクトの計画を発表しており、強力な通商産業省に率いられた日本経済が新たな脅威となった。
「我々は日本を最大の敵として引っ張り出し、日本を始末しなければならない。そのための手段は何でもありだ。」と、当時のDARPA長官ボブ・クーパーは回想する。
「何でもあり」はまさにそのとおりだった。
DARPA長官は個人的に、これは策略であり、便宜上日本を選んだことを認めた。
DARPAは、戦略的コンピューティング・イニシアチブと呼ばれる、人工知能を開発するため10年間で10億ドル規模の取り組みを策定した。
これは、ARPANET計画(インターネットの開発計画)以来、DARPAにとって最大かつ最も野心的なコンピューティング投資となる。
この計画は、「アタリ民主党員」、つまりコンピューターがアメリカ経済を救うと信じるハイテクに詳しい若い民主党員の支持を得るだろう。
また、アメリカの覇権に対する脅威を懸念する共和党員にも受け入れられるだろう。
クーパー長官は日本まで赴き、日本国内の研究所・大学・開発会社を巡り、事実上、情報収集に奔走した。
「帰国後、議会議員や上院議員との非公式な対話で、この計画を実際に使ったんです」とクーパー長官は自慢げに語った。「臆面もなくね」
この記載を見ると1980年当時は、
・DARPA は弱体化していたソ連の次の敵を見つけて、予算を確保したかった。
・都合良く日本が1981年に、国主導の「第五世代コンピュータ・プロジェクト」を立ち上げた。
・米国半導体工業会(Semiconductor Industry Association(SIA))(DARPA が大スポンサー)も、米国の半導体販売シェアが日本に抜かれつつあることに不満があった。
ChatGPT も、このような回答をしました。(クーパー氏の回顧録から引用)
和訳:「私たちは(議会説得のために)日本人を最大の敵として引っ張り出して、『われわれは日本を超えなければならない』と説得したんです」と当時の長官だったボブ・クーパー氏は述懐しました。
「“whatever(何でも)”といった語りはまさにその通りで、DARPA長官はそれが策略であったと密かに認めており、日本を騙すために、“都合よく”選んだにすぎなかったのです。」
出典・背景
この引用は、Roland & Shimanによる『Strategic Computing: DARPA and the Quest for Machine Intelligence, 1983~1993』という書籍で語られている内容です。
また、AI政策と産業政策の文脈を検証する研究(例:AI Now Institute)の議論の中で、「If playing the Japan card would help sell SC, then they would play it. ‘We trundled out the Japanese as the arch-enemies,’ Cooper later confessed…」(私たちは日本カードを使えばSC(戦略的コンピューティング)の通過に役立つなら、それを使う。“日本を最大の敵として引き出した”とクーパーは後に認めた)という引用も見つかります。
さらに ChatGPT で深堀りします。
解説
DARPAの立場:DARPAそのものは軍事研究機関であり、直接法律や行政政策を作る力はありません。しかし、議会を説得して研究予算を確保するために、戦略的に「日本が脅威である」というイメージを演出した、とクーパー氏が当時を振り返って認めています。
戦略的フレーミングとしての日本:この例は、日本が米国内で「冷戦以外の脅威」として政策論の背景に使われた典型ですが、その狙いは「国内資金特にAI・マイクロエレクトロニクス研究の資金増」を正当化することでした。
因果の整理: DARPA(クーパー)は、戦略的観点から「日本を強敵に仕立て上げるフレーミング」を計画的に用いた。
そのフレーミングが議会・行政(与野党問わず)の支持を得る材料となり、結果として「Strategic Computing Initiative(SCI)を通じた研究資金拡大」が実現。
これは貿易政策や通商法(例:半導体協定、スーパー301条)の成立とは直接結びつきませんが、背景となる技術政策の文脈と勢いを作ったという点で重要です。
和訳:
日本政府が「第五世代コンピュータ・システム」計画(AIや論理プログラミングに特化した研究構想)を発表した頃、議会の多くは共産主義国よりも日本の技術脅威をより切迫したものと捉えていました。
クーパーはのちにこう回想しています。
:「『私たちは日本を“最大の敵(arch-enemies)”として掲げた』。議員や上院議員との非公式な会話で、私は“それを遠慮なく(unabashedly)使った”と。」
その策略は奏功し、議会は 1984年の国防歳出法案(Defense Appropriations Act of 1984)内で「Strategic Computing Initiative(SCI)」を正式承認しました。レーガン大統領は、成立の日である1983年12月8日にSCIに署名しました。
(脚注補足:クーパー長官は、実際に日本のFGCS(第五世代コンピュータ計画)に訪問し「技術脅威」の大義名分を作る資料を収集したと述べています。)
FGCS発表と比較して、米国がSCIを通じてAI・高性能コンピューティング研究を国家戦略として加速させた点は、当時の歴史資料や研究書でも広く確認されています。
解釈・まとめ
クーパー自身が「日本を“敵役にし、効果的に利得を得た”」と公に認めている点は、極めて注目に値します。
DARPAが政策を創った根源とは言えないものの、「日本というフレーミングを『売り文句』として使った」という戦略的役割は明確です。
この話は「戦略的フレーミング(framing)」の典型であり、政策資源(予算・法案)を確保するための手段として、『技術的脅威=国家安全保障上の脅威』を演出した良い事例です。
とうとう DARPA が「日米半導体戦争」の犯人だという証拠が出てきました。日本は DARPA が予算を獲得するため「ソビエトの次の仮想敵」として都合よく利用されたのです。
やはり、この「戦争」は仕組まれたものでした。
次回は、 「日米半導体協定」 という不平等条約が、どのように成立したかを確認します。