野うさぎミーモ(元気なビオラの物語)2
野ねずみの子供も、いきなり現れた野うさぎの子供を見て「あ!」と、声をあげました。
しばらくの間があって、先に声を出したのは野ねずみの子供です。
「これ、君の?」
「うん、強く蹴りすぎて探していたんだ」と、ミーモは答えました。
野ねずみの子供はミーモにボールを渡しました。
「ありがとう」ボールを受け取るとミーモはあたりを見回しました。
「あのー、被害はなかった?」実は、ラビットランドではよく窓ガラスを割ったりすることがあるのです。
「全然!」野ねずみの子供はそう返事をしました。ホッとするミーモです。
「僕はね、キャッチがとてもうまいんだ。いつも鍛えているからね。こうやって空高くから落ちてくるボールを見事にキャッチしたんだ!」野ねずみの子供は一回転してその様子をやってみせました。
「でも、それ反則だよ。これサッカーボールだから」と、ミーモが言いました。
野ねずみの子供は一瞬キョトンとしましたが、すぐにひっくり返って笑い始めました。
「反則だ、反則」野ねずみの子供は大声をあげて笑い続けます。その様子がおかしくてミーモもつられて笑い出しました。二人の笑い声が響きます。
「僕の名前はミーモ」ひとしきり笑うとミーモは自己紹介しました。
すると、野ねずみの子供も「僕の名前はジミー」と自己紹介をしました。
そして、二人は大きく握手を交わしました。
ミーモはあたりを見回して言いました。
「ここは君の庭?」
「そうだよ」ジミーは答えました。きれいに手入れがされている庭です。
「ここを花畑にしようと思ってずっと種を播いているんだ」
いっぱい咲いている花の中にミーモは変わった花を見つけました。野生のビオラともウィトキアナ(パンジー)とも違う花です。
不思議に思ってミーモはそのことを尋ねました。
「これは僕の花なんだ」と、ジミーは得意げに話し始めました。
ガーデンさんの庭から種を拾ってきたこと、咲いたウィトキアナが目立ちすぎてお父さんがかじり倒してしまったこと、それでもあきらめずに種をまいたらこんな可愛らしい花が咲いたこと、そうしてもうお父さんはかじり倒さなくなったこと、お母さんがとても喜んでくれたことなど・・・、矢継早に話しました。
それを聞くとミーモはポツリと「交雑したんだな」と言いました。
「コウザツ?」
ジミーはミーモが難しい言葉を使うのでびっくりしました。
「コウザツって何?」ジミーは聞きました。
少し考え込んでミーモは「つまり、原種のビオラとガーデンさん家のウィトキアナが好きになって結婚して子供ができたんだよ。縁結びをしたのはハナアブか蝶だね、きっと」
「すごいよ、君はすごいよ!」ジミーは大きな声で叫びました。「もっと教えて、いろんなこと!」
そこでミーモは自分の家がブリーディングの仕事をしていることを話しました。
「僕はね、大きくなったらそんな仕事をしたいと思っているんだ。花を見ると心が幸せになるだろう。僕の作る花でたくさんの人を幸せにできたらどんなに素敵だろう。うらやましいよ君が」ジミーは夢見るように言いました。ミーモにはそんなジミーの眼がきらきらと輝いているように見えます。
そんなジミーがなぜだかうらやましいミーモでした。
ミーモが家に帰ってきたのは夕方でした。
家の前ではお母さんが怖い顔をして立っていました。
「こんなに遅くまでどこをほっつき歩いてんだよ。心配するじゃないか」
「ごめんなさい・・・」
お母さんは片手をあげました。「ごつんとくる」そう思って目をつぶって待っていたのですがなかなか来ません。恐る恐る目をあけると、お母さんの顔は急に笑顔になりました。
「優勝おめでとう!最後のゴール決めたんだって?」
上げた手はミーモのほっぺをやさしく包みました。
「がんばったね。さあ、おいで」
そう言うとお母さんはミーモの手を引いて温室に連れて行きました。温室はお父さんたちの仕事場です。お父さんはもういませんでしたが、薄暗くなった外とは違って、温室の中は昼のような明るさでした。その照明の下、作業台の上には大きな鉢に植えられたビオラの1株がありました。
「新品種よ。さあ、思うところを述べなさい」
先生みたいな口調でお母さんは言います。
新品種が出来ると、必ずミーモにその花を見せて意見を求めるのです。それはミーモがまだ小さい時から行われています。
ミーモはその花をじっと見ました。そして大きく息を吸い込むとしゃべり始めました。
「横張りが強くてとても大きな株になると思う。花はピンクと白の組み合わせであまり見たことがない色。細弁の花弁は可愛らしい、花も居いっぱい付きそう。でも・・・」
ミーモはここで息を継ぎました。
「もう少し、様子を見てみないとわからないや。以上」
お母さんは大きく頷きました。いつもはいいことを言っても、悪いことを言ってもただ笑顔で頷いているだけのお母さんです。しかし、この日は違いました。「私は・・・」と初めて口を開きました。
「とてもいい花ができたと思うわ。たった1株でこんなに元気に株を広げる。そして、数え切れない程のやさしい色合いの花を咲かせる。この元気な株は見る人に感動と幸せを運んでくれる。お母さんはそのことがはっきりと分かるわ」
ミーモは自分の意見が否定されたのでいい気はしませんでしたが、また怒られるといけないと思って黙っていました。
お母さんは続けます。
「この花にね、お父さんは名前を付けたわ。ミーモっていう名前をね」
お父さんは、自分が作り出した花に人の名前を付けることはありません。そんなことは初めてのこと。それも自分の名前だなんて・・・。
胸の奥がチクッとしました。そして何かがこみ上げてきました。それはどんどんこみ上げてきます。
「一体これは何なんだろう。よく考えなくっちゃ・・・」
ミーモは目の前の花を見ながらそう思いました。
― 完 ―