今回は、私の宝である子供のことをお話します。
結婚するのにとても苦労しましたが、子供は、すぐに授かりました。
私が36歳の時に息子を、その2年後に娘を授かりました。
息子が生まれた時、父親になったことに何とも言えない不思議な気持ちになりました。
お嫁さんが臨月近いある日、お嫁さんのおなかが小さな足形をして飛び出していることに気づきびっくりしました。
おなかの中で息子が足で蹴っていたのです。きっと足の強い子が生まれるのだろうなと思っていました。
実際、幼稚園の年中から中学卒業までサッカーをしました。また、小学校のマラソン大会も1年生以外は優勝しました。
私が聞いた息子の最初の言葉は、”かんこうばす”でした。乗り物の本をよく見せて言葉で読んでいたので自然と覚えたのだと思います。6文字もあるその言葉を発した時は驚きでした。
子供の成長には、驚かされることが一杯です。
息子が幼稚園の時、近所の人とトランプの神経衰弱ゲームをしました。記憶力が良いのか分かりませんがカードのほとんどを手に入れていました。自分は、一度も息子に勝つことができませんでした。
また、鉄棒の逆上がりも”蹴り上げの足の位置はここだよ”と説明すると、いとも簡単にできるようになり、なんて呑み込みの良い息子なんだろうと感心していました。
お嫁さんが教育熱心なこともあり習い事もいろいろさせました。サッカー、公文、水泳、そろばんなど嫌とは一度も言わずよくやりました。
中学も2年の秋ごろから塾に行き、高校は、千葉県でも有名な進学校へ特待生として入学しました。本当に私たちには申し分のないできすぎた息子です。
大学も現役で都内の有名国立大学へ進学しました。2次試験が終わって帰宅したときに、”すべった感じしねえ~”と自信満々で帰って来ました。
3月の合格発表の日、掲示板で息子の受験番号を見た時は本当に涙が出るくらいうれしかったです。
そんな息子も大学2年の11月にとんでもないことに遭遇しました。
大学は、ワンダーフォーゲル部に入部して山登りや縦走、沢登りをしていました。
入部の時、息子に”冬山は、遭難が多く、危険だから冬山だけはしない欲しい。”と話をしましたが、部の先輩に詳しい人がいて断ることもできず、冬山登山もすることになりました。
11月下旬に6人のパーティで立山の雪上訓練中、雪崩に遭難し3人が呑み込まれ、その先輩が死亡するという大惨事が発生したのです。
当日、いつものように業務をしていましたが、お嫁さんから緊急の電話が入り、声が涙声で震えていたのを今でも覚えています。
その日は、一日中、テレビのニュースにくぎ付けでした。テロップで先輩の死亡が流れると思わずため息が出てしまいました。
そんな非常事態でありながら、息子は、地元の警察に救助要請をし、埋もれた3人のうち一人は自力で脱出しましたが、残る二人を二次災害を顧みず雪崩に呑み込まれなかった残りの二人とともに探し出し、スコップで雪の中から救出したのです。本当によくやったと感心しました。
いつのまにこんな逞しくなったのかとびっくりしました。
6人のパーティで先頭を歩いていたのは息子でした。視界が悪くなったので最後尾に居た先輩と交代してわずか30分ほどで雪崩に遭難したのです。
もし先輩と交代していなかったらと思うとぞっとする気分です。
先輩の通夜に私も参加しました。棺の中にいた先輩の姿を見た時、心が潰れそうになりました。息子の代わりになってくれたんだなと思い手を合わせました。
このことから、私は、子供たちは、何かができなくても生きていてさえくれれば、それだけで充分だなと思うようになりました。
子供からは、お金では得られないたくさんの喜び、楽しみを頂くとともに親として人間として少しは成長したのかなと思います。
婚活で苦しんでいる方々、それを乗り越えたときにきっと神様から子供という素晴らしい贈り物をいただけることと思います。
今回も最後までお付き合いしていただいてありがとうございました。