岩田幸雄研究 -4ページ目

岩田幸雄研究

広島の岩田幸雄について調べた記録(ログ)です

偶然は必然。

 

そう思った方が 「何かしらの一歩」 が踏み出せる気がしています。

 

「岩田幸雄」 についての話題が出て、再度 「消えぬ夢」 を読み、

 

調べてみると、やっぱりその書籍に出てきた島、岩田幸雄氏の”夢”かもしれない島が 「福建省の大嵛山島」 であろうと思われたので、何とかして行きたいなぁ・・・と想い始めました。

 

浙江省の温州市から行くのが良いのか?

 

福建省の福州市から行くのが良いのか?

 

・・・・距離は大体同じくらいだけど、福州市からですと、途中の寧徳市を基点にすると動きやすそうです。

 

そして、下の画像にある右側の大嵛山島が書籍に出てくる兪山島であろうと思います。



 
 

書籍から登場する地名を入れ込んでみると(字は多少違うけど)、やっぱりコレしかないと思う。


 

さ、あとは 「いつ行くか」 そして、 「どうやって行くか」 

 

現地で、 「何を目的とするか」 の設定が出来ればOKだ。




 

多分、これは行けってことなんだろうなぁ。


時期を見計らって、ちょっと計画してみようかなぁ。

 


 

~~~グーグルマップの検索ワード~~~

 

X981, Xiapu Xian, Ningde Shi, Fujian Sheng, 中華人民共和国


中華人民共和国福建省寧徳市霞浦県



 

Dayu Mountain

Fuding, Ningde

中華人民共和国

 

 

 

 

「消えぬ夢」 という書籍に冊子として付いていた 「天皇と原爆」 を要約している文章です。


岩田幸雄が天皇陛下と繋がりがあったかどうかまでは分かりませんが、

 

杉山元氏とは面識があったのは間違いない。

 

と、いうことは東條英機氏とも面識があったのかもしれない・・・・・・


 

ついでと言っては何ですが 「東條英樹」 と 「岩田幸雄」 でググってみると、こんなサイトがありました。

①

http://blog.goo.ne.jp/ohisama_maruzo/e/d8f725a12beef097c5b551406e1afcd1

②

http://d.hatena.ne.jp/nisikiyama2-14+kurigonn-1957/20141211/1418301402


 

やはり、原爆について昭和天皇とのやり取りに登場するようです。

 

書かれていることは本当なのか?はたまた?それは誰にも分かりませんが、読む限りではウランを入手したのが岩田幸雄のようですね。

 

が、②のURLの文中に、「岩田幸雄と河内正臣は、新天皇となった明仁陛下と美智子皇后陛下に、原爆開発に関する昭和天皇の秘話を語った。「日本軍は戦争中必死で原爆を開発していたが、それを完成寸前で中止させたお方が昭和天皇だった」」とあるから、何がどうなっているのか真実を知りたいものです。。。。

 

************************************

 

以下、リンクはってあるサイトから抜粋させていただきました。(勝手にリンク失礼)

 

「日本・原爆開発の真実」

http://www.geocities.jp/ennohana/ennohana150/ennohana150.htm

 

杉山元帥から盟友の岩田幸雄にだけに託されたある話なのです。

 

 というのも岩田幸雄さんは、大戦中、日本最強の情報機関を作って活躍した人で、世界各国の原爆開発の状況を命懸けで探り、その実態を写した極秘フィルムさえ入手しています。

 

 その情報から、杉山元帥は、世界の動きを知り、日本の原爆開発を進めたのです。

 だから杉山元帥は、日本の原爆開発が中止になった時に、岩田幸雄さんだけには、その真相を明かしています。

 

 日本の原爆開発に目処がつき、いよいよマリアナ諸島やハワイに原爆投下作戦を実行しようと計画し、喜んで貰えると思って、東條英機首相と二人で、昭和天皇に奉上しにいった時に、昭和天皇から承認して貰えなかった。

 

 意外にも昭和天皇は、完成間近な日本の原爆開発を、世界的な視点、世界平和から考えて、中止するという、誰もが驚くべき決断をしたというのです。

 

 何故なら、その時に、東條英機首相と杉山元帥の話を、昭和天皇は静かに聞くと「数カ国がその新兵器開発を競っているとの事だが、日本が最初に開発し使用すれば、他国も全力を傾斜して完成させ使ってくるようになるであろうから、全人類を滅亡させる事になる。それでは、人類絶滅の悪の宗家に日本がなるではないか。またハワイに投下する計画との事だが、ハワイには、日本の同朋が多数移住し、現地民とともに苦労し今日を築きあげたところである。そのような場所に新兵器を使用することには賛成しかねる」と反対しているからです。


 

※ 赤文字は私が付けました。



 

「岩田幸雄」 に関する写真発見です。

 

一見するとただの古い写真ですが、なかなかの面々です。


 

一番左が岩田幸雄氏。

 

2番目黒のベレー&メガネの方が、今日出海 氏。

 

一番右が、大岡昇平 氏。

 

今日出海氏の後ろにいる方が、岡部冬彦 氏。

 

 

ウィキペディアから抜粋しますと。。。。。

 

今 日出海(こん ひでみ、1903年 (明治 36年)11月6日 
- 1984年 (昭和 59年)7月30日 )は日本 の小説家 、評論家 、舞台演出家 。初代文化庁 長官を務めた。

 

大岡 昇平(おおおか しょうへい、1909年 (明治 42年)3月6日 
- 1988年 (昭和 63年)12月25日 )は、日本の小説家 ・評論家 ・フランス文学の翻訳家 ・研究者。

 

岡部 冬彦(おかべ ふゆひこ、1922年 12月27日 
- 2005年 5月16日 )は、東京出身の漫画家 、科学 ジャーナリスト 。埼玉県 さいたま市 に在住していた。東京美術学校(現東京芸術大学 )卒。


 

この今日出海のお兄さんは小説家で天台宗僧侶の今東光さん。

そう、瀬戸内 寂聴の名付け親であり師僧です。

 

 

詳細について興味がある方は、更に検索してみて下さい。

 

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昔の写真(画像)を発見しました。

 

いつ頃のものか全く情報ナシですが、恐らく・・・昭和40年頃?根拠ナシですが・・・

 

雰囲気からすると、岩田幸雄氏が経営していたヨットハーバー「海楽園」ではないかと思われる。


 

 

ただ・・・・・渋いっす。






 

岩田幸雄氏のお墓は広島市西区にある三滝寺にあります。

 

己斐の巻 其の七(最終)の中に”多宝塔”という塔が出てきますが、その塔のすぐ後ろに岩田幸雄のお墓があります。

 

悩めるアウトロー社長ライダー!

※ お墓の写真を撮るということは、申し訳ないというか非常識な感じがしますが、ご勘弁下さい。


 

三瀧寺

〒733-0805  広島市 西区三滝山411



 

今年で亡くなってから、ちょうど20年です。(この記事は2013年に書きました)

 

亡くなったのが、平成5年9月12日でしたから。

(ただ・・・・ある冊子には9/14と出てるんですよね・・・石碑には9/12 冊子には9/14 ???)

 

そして、お墓は、周りにあった玉砂利がキレイな砂に、そして墓石も磨かれキレイになっておりました。

お孫さんの一人が今年のお盆前にキレイにしたとのこと。

 

お墓って手を入れず、そのまんま・・・が多いですが、今でも参る人がいて、そしてお墓をキレイにしてくれる人がいて・・・・

 

私は無神論者ですが、善いことだと思いますし、やはり日本人なんだと感じます。

 

ふむ、、、、自分は分家なので墓を作らないといけませんが、こうであれば死んだあとも幸せかもしれませんね。