40歳を過ぎても不思議に感じることがある。
社会って戦後から考えても60年以上経っているのに
そして、これだけIT化が進み、情報の共有・照合も簡単に出来るのに
社会には曖昧な部分や稚拙な部分があまりにも多い。
****************************
一番分かりやすい例でいえば国の関係。
年金手帳が2冊ある・・・今はないでしょうけど、ほんの15年前くらいまでは実際にあり得たことです。
そして、2ヶ所から報酬を受け取っている人は社保料を安い賃金の方に合わせて納めても問題がなかった・・・正確には問題なんだけど可能です。
逆に、私のように別会社で無報酬で社長をやってるケースで、社員に社保適用している会社もある場合、無報酬なのに社保料を払え!とくる。(社長は常勤役員であるということから)
個人情報保護法!と言いながらも、法務局では登記簿閲覧ができるので、調べようと思えば代表取締役の住所も調べられる。
ウチの会社内でも、創業何年も経っているのに 「ここは曖昧だ!」という規定もたくさんあるし、こんなイレギュラーな場合はどっちにでも解釈できる・・・ような例も多い。
*******************************
取り留めない話ですが、上の例に限らず、精度(制度でもいいけど)は、
時間に比例していないということです。
でも、新しいモノは次々に生まれ、新しいサービスも次々に生まれ
曖昧さの上に積みあがっている部分も多いように思います。
良い、悪いの話ではありませんし、
曖昧さが必要なことがあるのも分かっています。
が、
世の中も、自分トコの会社も、大きな組織も、家族(僕にゃいないけど)も
「順応しないと生き残れない」 でも、
安定した土台の上に乗せていく必要があるんじゃないかと思うんですよね。
本当に取り留めないですが、ふと思いました。