幸福度指標なるものを閣議決定事項として策定されるニュースがありましたね。
ブータンの国王が来日され、日本でもそんな 「貧しくても豊かな心」 なーんて考えを持ったのでしょうか?
ワタクシ、大反対。
正直、アホなことするなぁという印象です。
日本の将来は暗い。
人口も減ります。
年金も受給が減り、保険税は上がり、消費税も上がり、法人税も上がり・・・・と全てにおいて手取額が減る傾向にある現在、国としてはこんな状況でも、”貧しくなっても豊かになろうよ”なんて言い方をするのでしょうか?
ブータンに倣うつもり?習う面は多いかもしれないけど、ブータンとは歴史も土台も違う。
まったくもって、幸福度を今測ろうとする意味が見えない。
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このブログでもよく書きますが、メディアにしろ、こんな閣議決定にしろ、全てのことが薄皮一枚の出来事かもしれないけど、積み重なって厚みが出てくるのです。
その厚みが今の世の道徳でもあり、あり方になると思うのです。
ダ○ンタウ○の浜○さんも人気でしょうけど、大先輩の頭を叩いたり、暴言吐いたりと出演者や本人は楽しいのでしょうが、その映像をタレ流した結果が、今の若者の土台になっているのではないでしょうか?
友人(外国人)が言っていました。
モバイルで有名な某会社のDoCo○○のCMは悪いことだ!と。
父親を犬にするということは、世間に父親の存在意義を下げている行為の刷り込みをしている・・・と。
ワタクシ、大いに賛同しました。
考えすぎ?
いえ、人間はほんの些細なことでも行動を制限されたり、コントロールされたりするものです。
スーパーのレジ横で売られている電池みたいなものです。(ん?変な喩えだ)
「あ、ここまでしてもいいんだ!」の繰り返しは、その本人も気付かない内にその範囲が広がってしまうもの。
これが悪い方の教育です。
何もしていない=悪い教育の繰り返しになるのです。
逆にキレイな場所にゴミを捨てにくいような 「雰囲気」を作ってしまうことがいい方向への教育です。
そう、結局は環境です。。。。。というのが考えた末の結論。