感情・・・そして欲望!(←これはついで)
仕事をしていて、「人は感情で動く生き物である」というのは常々感じるし、当たり前っちゃ当たり前。
ただ、通常の仕事において感情を入れない方が正しいと思うし、その方が間違いがありません。
(すみません、普段も断言口調はしないんですが、ここはあえて)
社員は恐らく?ワタクシが冷たい人間だとか、感情があまりない?なんて思っているかもしれません。
(思ってないかもしれません)
冷たい?違う違う!感情で判断しないように意識しているだけです。
意識したって感情が入るもの。。。だから意識しなきゃいけないんです。
「客観的合理性のない解答は失敗の元(※1)」と思ってますし、
その「認知的不協和のない客観性が公平性を生む(※2)」と思っているからです。
ちなみに逆説的な言い方ですが、会社の運営において社長の決定が全てになります。
だから社長の判断が全てなので、一般論として社長の判断は感情であっても良いということになります。
※1 客観的合理性のない解答は失敗の元というのは、分かりやすい例でいいますと、「この仕事は仲の良い彼がいる会社に任せよう!仲が良いからワガママもきっと訊いてくれるし。」のような判断をした場合、当然失敗するでしょ。
相手の会社は仕事と金が欲しいからイイコト言ってくるし、人は誰でも相手よりも自分です。
ワタクシも、友人の会社と自分の会社がどっちも危険な状況になれば自分の会社と自分の社員を選ぶ。
自分に置き換えてごらんなさいな。
一生勤める会社の立場や賃金が減ってでも友達のために!と動くか?
そんな相手の立場をリアルに想像して自分と入替えてみると見えてくるものも多い。
だから仕事を遂行する上では、感情ではなく客観的合理性(≒根拠や理由)が必要なのです。
※2 認知的不協和のない客観性が公平性を生むというのは例を出せば、可愛がってる社員がいたとして、その社員に地位を与えたり昇給賞与も優遇されたり・・・なんてことはどこの企業でもあることでしょう。だから派閥なんてのが出来たりする。
だからオベッカを使う社員も出てくる。
感情判断を受けた側は得をし、受けてないものが損をし、自分が得になるよう活動する・・・それも社会で生きていく上での処世術。
そして判断する側(上司)は、「彼はこういうところがあってね」とプラス発言でもマイナス発言でも感情による理由付けは後からいくらでもできるものでしょ?それが認知的協和。
ここまで読んで、あなたは得した側の気持ちで想像しましたか?
それとも損した側の気持ち?
それとも?
自分に得なときは感情判断をする上司が「良い上司」で、損なときには感情で判断するなよ!と思うでしょ。(これも認知的不協和)
それなら、感情入れないよう(まったく入れないのはどうせ無理なんだから)意識してる上司の方がいいでしょ。
会社の中は色んな人間関係もあると思います。
変な言い方ですが、どの社員の言葉も「信じないけど、信じる」「信じるけど、信じない」。
人は身近な人の言葉を鵜呑みにしてしまう傾向がありますが、身近、仲がいい、好き嫌い、合う合わない・・・そんな判断ではなく・・・ね。
それが「平等ではない公平性」というものです。
そして、それは社外に対しても取引先に対しても同じことなのです。