人間とは環境によって変化する話は何度もこのブログで触れています。
そう、人は環境によって作られるものです。
良く出来た奥さんのいる男は、自分の靴下さえどこにあるのか分からなくなってしまう。
何も出来ない男に”育てられて”しまうのです。
DV(ドメスティックバイオレンス)も社会に定着した言葉ですが、これも伴侶がそういう芽を育て、暴力をふるう人に育ててしまう側面もあるものです。
部下のいる人は、これを活用しない手はない。
環境で”出来る人”に育てることは十分に可能です。
そういう意味では、やはり 「部下の悪口、己の恥」 であり、
上司以上の能力に成長する可能性は低い・・・・だから、上司も切磋琢磨せねばならんのです。
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さて、今度は違う視点で見てみよう。
上司は上司で権力を持ってしまうがゆえに、”偉そうな人”に育ってしまう危険性を含んでいます。
ワタクシ個人が意識していて、前にも書きましたが、「実るほど頭(こうべ)を垂れる稲穂かな」 と言われる通り、代表になったからといって決して自分自身がスバラシイ人間になったわけではないと意識をしています。
だからこそ、自分の部下、社員たちを呼び捨てにしないのです。
ただでさえ、社員たちの給料から人事権から会社にいる限りこれらの権限を持っているのに、社員を呼び捨てにしたら、それこそ ”自分が上”であることを積み重ねていくことになります。
部下を持つものは、ある部分では確かに自分が ”上” であることは間違いないし、命令、指示をするうえで必要だとも思います。
でも、これらの意識がない者は所詮は 「その程度」 のレベルであると思うのです。
謙虚が美徳とまでは思いませんが、自分で自分の環境を作り、自分を育てていくことも大事だと思うのです。
長い時間をかけて育った場合は変えることは難しくなってしまいます。
あなたは自分を律することが出来ると思いますか?
(いや、恐らくそこまでの精神力はないでしょう・・・あるならば、柳井正氏のようになれます)
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精神力のなさに関連して・・・・
昔に比べて収入が増えたワタクシですが、FP資格者であり、そんな意識を持って生活していても、いつの間にやら支出も増えていた自分を知っているからこそ、改めて自分を律すること・・・・つまりは、自分の環境作りを意識することが必要だと深く感じたのです。
呼び捨てについて・・・・
ちなみにワタクシ、元々人を呼び捨てにするのは苦手ではあります。
あだ名なら完全に呼び捨てだし、一部の人には呼び捨てしていますが、、、、