ミュージカル「スリル・ミー」観劇感想備忘録その3
10/9の尾上松也さん×廣瀬友祐さん回を観劇しました。
松也さんは尾柿CD視聴済み、廣瀬さんは何度か別舞台等で拝見しています。廣瀬さんの"彼"って絶対ビジュアル最強じゃんという気持ちで行きました。
【総括】
(※マイナスなニュアンスを含む言葉を多用しますが、批判ではなく好意的な感想です)
先に全体について語らないと始まらないので総括するんですけど、ほんと、本当に、まじで、おっっっっっっっっっっっっっも!!激重かった!!すっっごいしんどかった!!
観劇感想まとめがこんなに遅くなったのも全てはこのせいですよ。思い出すだけで重たくてしばらく消化不良だったし、正直今でもあまり考えがまとまってない。もう一周回って、噛み砕かずにそのまま飲み込んどこうかなってフェーズまで来ました。
スリル・ミーを楽しむ上で難しいのは、実際の事件が元であるってことなんですよね。作品は作品だと分けて考えつつ、ただ純粋に楽しむだけってのは不謹慎かつ不義理な気がするし、役者さんたちもその辺りは意識されている。
とはいえ我々は娯楽として消費しているに違いないし、自分はこの作品が大好きなので、多少の葛藤を抱えつつ折り合いつけて楽しまなきゃなと思ってます。
スリル・ミーが犯罪を描いた作品であるということを、こんなに実感したことはありませんでした。重たくて、しんどくて、苦しい。一番バッドエンド感が強いペアだと感じました。誰も何も救われてないし、こうなってはいけなかった。
この重たさの原因はお2人が作り上げたキャラクター性にもあるんですが、かなり大きな要因の一つはテンポだと思います。
少なくとも自分が観た回は、他ペアに比べて曲が明らかにスローテンポでした。「僕はわかってる」も「契約書」も「スリル・ミー」も。後半は少しアップしたので、展開とマッチしていて良い変化でした。
スローテンポと言っても、bpmで1割程度の差だと思います。が、その効果は絶大でした。
スリル・ミーは基本的にセリフも曲もスピード感があり、それによって転がり落ちるような展開を演出できる作品だと思っていました。
それが1割遅くなるだけで、転がり落ちるというよりは、じわじわと沈んでいくような感覚を覚えました。
これは確実に、自分が作品や曲を既知どころか暗記したいたことも影響していると思います。既に他を知ってるからこそ『遅い』と感じるわけです。
「戻れない道」で歌われる「ふと気付けば戻れない」や「いつの間にか線を踏み越え」などの歌詞のニュアンスが、かなり違って聴こえました。転がり落ちて気付けばいつの間にか、なのか、ゆっくりじわじわと確実に進行していつの間にか、なのか。
これはこのペア特有なのだろうと思いつつ、ピアノの役割も大きい?ですよね? 自分はたまたま、このペアでしか朴さんのピアノを聴いていないので、そこの特徴は捉えきれてないと思います。もちろんどちらか一方というわけではなく、両者のセッションの結果ではあるのでしょう。
が、前半曲は特に、ピアノが音楽を先行しているように感じました。上手く言えませんが、歌とピアノに若干のミスマッチ感があり、ピアノがテンポを先導しているように聴こえました。
これがまた、場に何とも言えない歪みを作り出していて、居心地が悪いというか、良い意味で気持ちが悪いんです。
もちろんお芝居も歌も全部上手く行っています。序盤で1.2個セリフと歌詞飛びがあったくらいで。
だというのに、何かが上手く行ってないような、噛み合っていないような、何も崩れてないけど、どこを重心にバランスが取れているのかもわからなくて、ずっと不協和音が鳴り響いているみたいで、とても不安になるんです。
この、歪んだままじわじわと沈んでいく違和感と閉塞感が、お2人の"私""彼"のキャラクターと奇跡のコラボレーションを繰り広げて、最悪の結末に辿り着くのでした。
スリル・ミーはただでさえ客席にも緊張感が漂う作品ですが、加えてこの息苦しさが100分続くのはなかなかしんどかったですね。観終えてからドッと疲れました。本当に疲れた。
好みで言えば正直、怒涛の勢いで転がり落ちて行くタイプの方が親しんでいるし好きなんですが、こういったバージョンもあるというのはまた作品の幅が広がって嬉しいし、観られて良かったです。
他の方のレポを拝見したところ、音楽が"彼"主導に感じる日もあったとのことで、やはり生ものですね。落合さんや篠塚さんとの回も観てみたい気持ちもあり、このペア何度も観るの精神的にキツイなという気持ちもあり…。
【松也さん"私"】
今回の3ペアで1番難しい"私"だった。
1番"彼"のことをわかっていなさそうで、1番社会的にうまくやれてなさそう。
"私"って展開的に"彼"のことを『わかってる』のが前提だと思うんですよね。そのわかり方はペアそれぞれですが、デフォルトはそうだと思う。
でも松也さんの"私"は、たぶん今の"彼"のことは理解していなくて、理想の"彼"、もしくは過去の"彼"を見ているように見えました。2人が1番上手くいっていた頃、高校時代かもっと前なのか。
今目の前にいる"彼"と対話しているように見えない。"彼"が抱えている問題や衝動を理解しようという姿勢を感じない。
どこか盲信的な、"彼"は"彼"であるはずだしあるべきだという、"私"の中の"彼"の変化を受け入れてないように感じました。
また、"彼"への愛というよりは執着や依存の方をより強く感じました。
「優しい炎」で触れられて階段に座ってる間、嬉しそうというより緊張して見えた。そういうシーンが多い。自分に自信がなさそうな表情だなと感じたところが時々ありました。
なんだか、松也さん"私"って社会的に上手に振る舞えなさそう。"彼"の「お前と違って俺には友達がたくさんいるんだ」というセリフの通り、松也さん"私"は友達が本当に少なそう。
そういった社会的承認欲求や他者との関わり、自分の理解者としての役割も含めて全部、"彼"にめちゃくちゃ依存してそうだなと感じました。
過去の"彼"は今よりもっと自信も余裕もあったでしょうから、"私"のそれらを上手に満たしてくれていたのかもしれません。持ちつ持たれつ。破れ鍋に綴じ蓋。
しかし今の"彼"は当時の"彼"ではないので、"私"が欲しいものは与えられない。"私"がその事に気付いていない。
松也さん"私"はあまり楽しそうに見えなかったんですよね。思い通りに運ぶこと自体は嬉しのかもしれないけど、あの"彼"が欲しいわけじゃなかったんじゃないかなあ。
"私"にとって本来必要なのは、あの形で"彼"と一緒にいることではなかったと思うし、かつての"彼"じゃないと意味がないのに、"彼"は今の"彼"でしかないから、肝心の"私"が方法を間違えている。作品の『思い通り』と"私"が望んでいた『思い通り』は違う気がする。
"私"ですらハッピーエンドじゃなかったら、そりゃ悲劇まっしぐらですよね。
当然と言えば当然ですが、53歳"私"の演技が違和感なくて好きです。仰々しくなくて自然に見える。
あと最初にステージに現れた時に、松也さんてちゃんと身長高い方だよなあと思いました。どうにも廣瀬さんと並ぶと往々にしてパースが違って見えるので笑
相変わらずサ行の歌い出しの滑舌はちょっと気になる…
あの重さでじっとりじっくりじわじわと"私"って人間が滲み出てくるのは面白い体験でした。さすが年長ペア、みたいな言い方はしたくないんですけど、見た目が若くないっていうのは観る側にも絶対影響があるので、こういうスリル・ミーがあるのはとても嬉しいですね。
再演出てくださってありがとうございます。
【廣瀬さん"彼"】
は〜〜〜やばかったです。廣瀬さんが"彼"を演ると聞いて、スマートでSっぽくて、系統としては福士さん寄りになるのかな、なんて想像してたんですが、大変浅はかでした。
あんなに病んでる"彼"っているんですね。病的で、もうどうにもならなくて、必要なものは得られなくて、誰も助けてくれない。
レポでは結構「支配的なDV"彼"」という感想をよく見かけて、友人は「トレーナーみたい。躾けとご褒美の関係」と言っていたのですが、私はそんな風には感じませんでした。
東京公演だと瞬き全然なくて人間味がなかったと聞きました。観る回や人によって全然違うのもまた楽しいですね。
第一印象まずビジュアルが100億点。廣瀬さんが"彼"をやるとこうなるよね知ってた最高って外見をしている。プロポーションがおかしい。脚が長すぎる。「優しい炎」で"私"を跨いで座るシーン、脚が長すぎて膝が"私"の肘掛けになれる。
それから雰囲気が想像の斜め上に怖かった。ずっっと目がキマってる。おハーブでもやってんのか?ギャングの仲間入りとかしてる?
そこからナチュラル怖ヤバい人で行くのかと思ったら、どうやらとても情緒不安定で、これはケアが必要な人だな、となりました。"私"に会うよりまず精神科に行ってくれ。
"彼"自身が、もう"彼"ではどうしようもないところまで行ってしまってるんだなと感じました。適切なケアが必要な状態。自分自身のことがわからなくて、それでも何とか救いを求めているんだけど、まあ間違えているので欲しいものは何も得られない。
どの"彼"も大なり小なり、"私"の前で取り繕っているというか、自分の弱みは見せないよう、"私"に対して高圧的に振る舞っているところがあると思うんですが、廣瀬さん"彼"は逆に感じました。"私"以外の前では、家でも外でも、すごく上手に振る舞っていて、自分の脆さとかヤバさとか見せてないんだろうな。"私"の前でだけあんな感じなんだろうなと。(いや、どうだろう、ロードスターの"彼"相当ヤバかったから外でも隠せてないのかな)
何にせよ、そういう"私"に見せてる脆さが"彼"のSOSな気がして、誰か助けてあげてくれ…と思ってました。
「計画」の後、"私"と"彼"が抱き合うシーン、あのすごく傷付いてて泣きそうな顔が忘れられないです。あそこの"彼"の表情はペアによって全然違いますが、とても新鮮でした。"私"に見られてないところであんな顔するんだ。どうしたら良いんだ。
「スリル・ミー」の後、服が乱れたまま放心しているシーンも、本当に痛々しかった。しんどい。
"私"と"彼"の黄金期ってそこそこ被ってると思うんですよね。2人とも同じくらい優秀だと思っていた、周りからもそう思われていた高校時代かそれ以前。
"彼"の家庭環境がどう変わって行ったかはわからないですが、少なくとも大学をドロップアウトしたのは大きいはず。
コントロールを失った"彼"が無意識に救いを求めた先が、自分の黄金期、そしてそれを共に過ごした"私"だったとしたら、"彼"の方から連絡を取って再開したのはとても納得できる。
でも"私"は今の"彼"のことは見ていないので、かつての"彼"を求めるばかりで、今の"彼"に必要なものを与えてくれるわけではないので、"彼"は"私"によって救われることはないし、最悪な結末に向かってしまう。つらい。
廣瀬さん"彼"の犯罪行為は、自傷行為だと感じました。その場しのぎの現実逃避で、全然楽しそうじゃない。一瞬の高揚の後すぐに冷めて飢える。
"彼"が求めていたのはスリルでも犯罪でも無いのに、"彼"はもうそれを正しく求めることができない。
少なくとも支配欲や、『力への意志』があるようには感じられませんでした。
そんな"彼"が「死にたくない」を歌うのは少し意外でもあり、だからこそ廣瀬さんのあの、「歌いながら自分が死にたくない事に気が付いた」ような歌い方が最高でした。
その後の護送者のシーンで、どこか憑き物が落ちたように見えた。社会的な死とともに肉体的な死が目前に迫ってようやく、自分自身に少し整理がついたのか、向き合えたのか、"彼"にとっては良いことだったのかもしれないとさえ思えました。
しかし目の前にいるのはあの"私"なので、何も救いがない。本当にバッドエンド。
冒頭でも書きましたが、廣瀬さんの"彼"があんな病んだ感じになるとは全く予想外で、とても新鮮でした。
そもそもあんな感じの廣瀬さんを観るのも初めてだったので、カテコで頭ぶつけそう芸をやってるの観てちょっとホッとしました。
あのビジュアルであの雰囲気であんな感じに歌われると、迫力がすごかったですね。「ハンマーで頭を割る」のところ怖かった。あとほんとに「スポーツカー」はどうかしてる。子供よくあの"彼"について行ったな。
普段スリル・ミーを観る時は、つい"私"の表情を優先して追ってしまうんですが、今回は"彼"の不安定さや予測不可能さから、"彼"の表情を良く観ていた気がします。
【総括】
ほんとに重たくてつらかった。こんな明確にバッドエンドを感じるとは思いませんでした。実際起こってることは悲劇なんですが、カタルシスも感じられる作品ではあるので。
すれ違いどころではないというか、やはり歪んでいる。ひしゃげてしまっていて、どう頑張ったって嵌まらないピースでパズルをやろうとしている。
楽しかった〜!とはなかなか言いづらいペアでしたが、観られてとても良かったです。
このペアで自分の2023スリル・ミーが終わるの気分的になかなかつらいものがあったので、この後達成さん×前田さんペアで締め括っといて良かったです。でも1番マチソワに向いてないペアだと思います。
長すぎる上に取り留めもないしまとまってないけど、備忘録としてはおしまい!
