パニック障害の克服は「変人化」から・・ -17ページ目

パニック障害の克服は「変人化」から・・

「変人になってパニック障害を克服しよう」というブログです。このフレーズにピンときたあなた・・素質ありです。

イキイキしてパニック障害を克服!パニコンサル木村のパニック障害克服チャレンジ

 こんばんは、木村です。

 先日、東京でエライもん見ました。

 渋谷駅でスケキヨのかぶりものの男子、秋葉原で鉄拳メイクの2人組の女の子(スケキヨはキモいので自粛)。

 「変人」になることを推奨している僕としては、なんか負けてらんないという気持ちになりました。

 ただ、スケキヨは捕まっても不思議じゃないレベルでしたので、そこは気をつけねば。


 さて、それで今日は「生きる意味」を見つけることが、回復につながるようだというお話をしたいと思います。

 それは、アキバで呼び込みをしていたメイド喫茶の女の子が言ってた、「私やりたいことやってるんです」という一言が頭に残ってるからかも知れません。

 そんなに、楽しいのかなメイド喫茶のアルバイトって・・。


 まあ、それは置いておきまして、なぜパニック障害の克服において、「生きる意味」なんてたいそうなものを持ち出すのとお思いですよね、もっと肩の力を抜いて、イージーに行こうよと。

 確かに、堅苦しくなる必要はないですが、だら~だら~っとした感じでもいいので、「生きる意味」は考える必要があります。

 もちろん、「生きる意味」なんて考え尽くして、哲学書なんて全部読んじゃったよと言うような賢人の方には、出過ぎた発言申し訳ありませんでしたとなるわけですが、たぶん、そういった賢人は、僕のこんな記事でも暖かく見守ってくれるのではないかとも感じます。



 それで、なぜ「生きる意味」がパニック障害の克服に必要かと言いますと、頑張って考えて、ある程度「生きる意味」について自分なりにあたりがつきますと、大なり小なり目標というのができますよね。

 そして、人生の目標ができるとパニック障害というのは、そのために乗り越えなければならないハードルの一つになるわけです。

 それまでは、人生のメインイベントのようになっていた、パニック障害の不安も、メインではなくなるわけです。

 間違いなく高いハードルですが、それでもただのハードル。

 目標のためなら頑張れる、乗り越えられる、とこういった素晴らしい図式が出来上がるわけです。

 
 というのも、僕はパニック障害がひどくなった時に、すぐにこれを考えたんですね。

 たまたま、そういったものを考えられる環境にあったのが幸いしたのですが、それでその時に、パニック障害をなんとか克服して、その方法をほかの人にもお伝えするのは、少なくとも「生きる意味」の一つにはなるのではと思ったんですね。

 それで、そういった考えで治療を進めていくと、調子が悪いときでも、あんまり心が折れなくなったんですね。

 僕が治療法をいろいろ試して(人体実験)、それをご報告していけば、多くの人たちの参考になると頑張ったのです(エライ!)。

 まあ、ほとんどは自分のためなんですが、目標があると頑張り度合いが違ってくるということです。

 テストで100点とったら、ドラクエ買ってもらえるのと一緒です。


 まあ、でも、確かに「生きる意味」とかって、なんか気恥ずかしいし、考えるのもメンドくさいし、なかなか見つからないから、普段は考えないんですよね。

 でも、やはり考えないわけには行かない問題です。

 日常生活や、テレビ、新聞、雑誌、ゲームなんかが邪魔しますが、それらを跳ね除けて、時間をとって考えるべき問題です。

 で、それをあまり考えずに、考えることを先送りしているというのは、実は、非常に不健全な状態です。

 そのように大事なことを考えずに、問題を先送りしていくということは、毎日「何か」に蓋をして、それを抱えて生きていくわけですから、それだけで余分なパワーを使ってしまい、疲れてしまいます。

 ですから、ぜひ一度ゆっくり時間をとって、アールグレイの紅茶でも用意して、おっきな紙とペンを使って、「生きる意味」を考えてみてください。


 それで、ここが大事なとこですが、そうして考えた結果「生きる意味」なんて全然見つかんなかったとなった場合、どうすんだとなりますよね。

 僕の人生、私の人生、お先真っ暗、この先、食って、寝て、出して、ただ死を待つだけですかと。

 大丈夫です。

 一度、じっくり考えれば、もうそれまでとは違う人生になります。

 だって、「生きる意味」って人生において、相当重要な問題ですから、これに一旦手をつけたら、もう後戻りはできません。

 四六時中、暇さえあれば、本当の「生きる意味」ってなんだろうと考えることになります。

 これ、健全な、人間として普通の状態ですから、頭使って疲れても、なんか元気な状態、なんか楽しい状態になれます。

 正直、こういったこと考えないなら、言葉なんていらないし、人間である必要もない気さえします。

 ただ、ほとんどの人がこういったことを、考えないようにさせられているのは間違いありません。

 と言うのも、

 僕たちは、学校では良い工場労働者になるためのことしか、教えてもらえない悲しい現実の中を生きています(GHQが作り、なぜか今も続いている学校教育の理念は「良い工場労働者」を作るということで一貫しています。考えない、疑わない、ロボット人間製造場所です。しかも、工場はもう日本には少ないですよね。)

 こういった、「生きる意味」とかホントに大事なことを頭を使って考えるという方法も、時間も与えられません。

 ですから、ぜひこの機会に考えてください。

 年齢がいくつとかは関係ありません。

 普通、99%の人は、こんなことをじっくり考えずに死んでくわけですから(子供の時は、考えていた人が多いのでしょうが)。


 例えば、プロ野球選手だって、ただ野球が上手かっただけでホントに、プロ野球選手になりたかったのかは、わかんないですからね。

 もしかしたら、小学校の頃は、サッカー選手に、鉄道マンに、はたまた大工さんになりたかったかも知れないわけです。

 それでも、野球が飛び抜けてうまかったから、あまり考えもせずに野球を続けた結果、野球選手になってしまったという人もいるかもしれないわけです。

 サッカーの中田ヒデなんかは、典型的なタイプではないでしょうか。
 
 30歳ぐらいの絶頂期で、「サッカーはもういい」と言って、旅に出てしまいましたからね。


 そして、人間一ヶ月あれば、別人になれます。

 「士別れて三日、即ち更に刮目して相待すべし」(日々鍛錬している者は三日も会わなければ見違えるほど変わっているということ。転じて、いつまでも同じ先入観で物事を見ずに常に新しいものとして見よという意味)

 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%91%82%E8%92%99

 なんて、言葉があるぐらいですから。


 とにかく、パニック障害で調子が悪いから、そんなことは治ってから考えるというのではなく、パニック障害になったからこそ、考えてください。
 
 健康な人だったら見逃してしまうようなことを、見逃さないでください。

 はい、それではこれで終わりにします(このままですと、やめられない、とまらない~になってしまうので)。

 ありがとうございました。


 追伸:このような考え方は、心理療法でも存在し、ロゴセラピーというそうです。

 興味があれば、本など読んでみてください。

 ちなみに、創始者は、「夜と霧」で有名なヴィクトール・フランクルです。

 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%82%B4%E3%82%BB%E3%83%A9%E3%83%94%E3%83%BC

 

 


 

 

こんばんは、木村です。

昨日、今日と2日で70キロ近く歩きました。

気分的には「独占!女の60分」でした。

知らない人、ゴメンナサイ😞

まあ、これも僕のオススメする「変人になってパニック障害を克服する」活動の一環なんですが、正直これはイマイチでした。

長く歩くので、忍耐力は養われますが、車が多く通る所も歩かないといけなかったので、それで、エナジー的なものが上がりませんでした。

ま、何事もやってみないとわかりませんからね。

さて、そんな強行軍をしている中で思ったことが、タイトルの「子供に帰ろう」ということでした。

僕が提唱している変人論ありますよね。

それはですね、なんとなくはご理解頂けると思うんですよ。

ちょっと客観的に見ると、自分が凝り固まっちゃってるから、それを解きほぐすために変人エッセンスを取り入れなきゃいけないということは。

でも、何と言っても僕たちはスーパー常識人であり、他人に気を使いすぎて疲れ果てるという、保護種に指定されてもいいぐらいの、奇跡的な人種ですから、簡単には、変人様にはなれないのです。

そこで、子供に帰ろうとなる訳です。

僕たちまっとうな人間も、子供の頃は今よりは、だいぶ変人よりだったはずです。

というか、まともな子供なんていないですからね。

でも、子供はすばらしい。

大人にならなきゃダメなんて、誰が決めたのかは、議論の余地がありまくりですが、今はおいておきます。

そう、それで、どうすれば子供時代を思い出せるのかと言えば、それは•••

子供の時に行ってた所に行くのです。

ふつーじゃん、とお思いになるかもしれませんが、僕は、基本的に当たり前のことしか言いません。

当たり前のことを、当たり前にやる。

これぞ基本ですが、その当たり前というのが、わからなくなっていたり、見えなくなっていたりするので、厄介ですね。

で、大事なのはここで、子供の頃に行ってた所に「歩いて」行くという所です。

小学校、中学校、公園、広場、通学路、お菓子屋、スーパー、友達の家、裏道など、に歩いて行って、そこの匂いをかぎながら、目線を少し落としながら、出来れば子供の頃やってたことをやってみてください。

やってみると意外と、身体が覚えているもので、僕は先日、走りながら電信柱にジャンプしてタッチするというのを、昔よくやってたのを思い出して、前後左右上下を確認してからやりました。

子供時代を取り戻すと、非常にエナジーがみなぎるのを感じます。

昔の自分の輝かしい変人時代を取り戻して、ぜひ克服に役立ててください。

それでは、ありがとうございました。


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