もうすぐGWですが、いかがお過ごしでしょうか?
僕は右手の指先を欠損しそうになったり、体の左側を軽く細菌にやられて左手の指先がしびれたりしながらもしぶとく生き延びてます。
で、指が再生していったり、しびれが軽減していく過程で思ったのが、やはり体というのはしっかりできていて、ある程度は元通りにしてくれるもんだなということです。
改めて、人間の持つ「自然治癒力」の素晴らしさを身を持って体験できました。
パニック障害や精神疾患でも基本は同じですよね。
さて、それで本日はご紹介したい本が一冊あります。
唐突ですが、実は、僕は今までほとんど本の紹介はしてきませんでした。
なぜなら、僕の役割(勝手に自分で決めてます)はパニック障害の克服に役立ちそうな本なんかを読んで、自分なりにまとめて実践したものを、軽妙洒脱にお届けしていくことだと思っているからです。
ですから、このブログの想定対象読者も、本を読む時間が豊富にあったり、本を読むのが大好きで哲学書なんかもバンバン読めちゃうような人ではなく(そういう人はこのブログは読んでないし必要ないと思いますが)、どちらかというと読書をする時間がない人や本を読んでもよくわかんないんだよね~という人なんです。
ということで、本をまるまる一冊紹介する意味というのをあまり感じなくて今まで紹介してこなかったのです。
で・す・が、
今回ある本に出会いまして、そんな僕の考えはどうでもいいから、とりあえずこれは精神疾患と言われている・思っている人は一読しておくべきと強く感じましたのでご紹介します。
それで、今回ご紹介したいのは<正常を救え>という本です。
タイトルからしていかにもという感じですが、この本がどういった本かと言えば、「精神疾患とはどういうもの?」という問いに「THIS IS 精神疾患」と答えてくれている本と言えます。
僕も、今までにいろんな本を読んできましたが、ここまで精神疾患に関して網羅的かつ立体的かつ緻密に、かといって難解でなくウイットに富んだ文章で書かれた本を他に知りません。
僕的には、精神疾患というものに立ち向かう際の「バイブル」「古典」として使えると思うほどです。
では、<正常を救え>は一体何がそんなにすごいのかというところを説明します。
まず、乱暴に一言でまとめますと「精神疾患のルールを作った人が書いた、精神疾患を取りまく現状の曝露本」といったところです。
続いて、ちょっと詳しく説明します。
今、世界で精神疾患というものを規定しているルールブックはアメリカの精神科医たちが作ったDSMというものです。
<正常を救え>の作者アレン・フランセスはDSMの第三版(Ⅲ)とその改良版(Ⅲ‐R)の作成委員であり、第4版(Ⅳ)では作成委員長を務めた人です。
言うならばアレン・フランセスは、精神疾患の仕掛け人・裏方でもある人なわけです。
ですから、この人が発する言葉というのは精神疾患に関してはかなり生っぽい・活きのいい言葉となります。
今までにも、ルポライターやいち精神科医が書いた似たような本はあったのですが、それと比べても伝わってくる迫力、深さが全然違います。
だってアレン・フランセスは、実際に自分の目の前で起こっとことを綴っているわけですからね。
そして、暴露されている内容としては、まあ酷いものなんですが、ここに書かれているようなことを知っておくか知らないかで人生だいぶ変わってくるようなものです。
この本に書かれていることを知らないままでいることを例えると、ネットで簡単に映画が見れるのに、それを知らないばっかりに、レンタルビデオ屋で延々とお金を払い続けてDVDを借りるみたいなことです。
特に読んで欲しい人はどういった人かといえば、海老蔵のブログが気になってしょうがない人や、GWはアボガドバーガー食べてやると思っている人たちです。
正直、この本に書かれているような精神疾患に関する「前提」を知っていないと、その後の治療も必然的におかしな方へと行くことになり、結果として回復しないという道へとつながってしまいます。
いかに、普段から我々が、誰かが見せたいものを見させられているか、誰かが考えさせたいことを考えさせられているか、誰かがやらせたいことをやらされているかということが理解できる本です。
後藤輝基さんの新曲で「踊らされるなよ 踊れよ」という歌詞がありますが、まさしくその通りだなと思うのです。
そして、読んだあとには、怒りがこみ上げてくる人もいるでしょうし、こりゃ真剣に取り組まなきゃと考える人もいるでしょう。
僕は、精神疾患の治療をする上で、早い段階でこういった裏事情に気づけたことが回復に役立ったと考えています。
この本を読んでしまえば知識的には精神疾患については何かを教える側に回ると思います。
前回のリーダー化の話を持ってくると、コミュニティの一員ではなくて、リーダー側になるほどの知識が得られるということです。
もっと言ってしまえば、人として伝えなければならないものを得てしまうと言ってもいいかも知れません。
<正常を救え>は400ページぐらいの分厚い本ですが、お値段は2000円と良心的な価格です。
ぜひ、今すぐに全文読んで欲しいですが、まえがきを読むだけでも構わないですし、今読まないまでも手元に置いておくだけでも価値のあるものです。
では、最後に<正常を救え>を読んで、僕がいいな~と思ってメモった部分をさらに抜粋したものをご紹介しておきます。
それでは、これで終わります。
ありがとうございました。
「正常と精神疾患を分ける生物学的検査や明確な定義がないために、精神科の診断は、簡単に影響を受けやすい主観的判断にことごとく左右される。」
「精神疾患を患うとなると、今は最良の時でも最悪の時でもある。最良というのは、有効な治療法が数多くあり、熟練した臨床医がおおぜいいるからだ。最悪というのは、必要がない人たちへの過剰治療と必要とする人たちへの過小治療が横行しているからだ。」
「治療を受けるときは、車や家を購入したり、友達や配偶者を選んだりするときと同じくらいの注意を払うべきだ。精神科の薬を服用するかどうか、精神療法をはじめるかどうかの決断は、その後の人生を左右しかねない。けっして軽い気持ちや人の言いなりで始めてはならない。」
「相当に重い複数の症状が相当に長いあいだつづかないかぎり、自分は精神疾患なのだと信じ込むべきではない。」
「人間の多様性には目的があり、さもなければ激しい進化の競争に耐えて受け継がれたはずがない。われわれの祖先が生き残れたのは、部族が多種多様な才能と性向を併せ持っていたからだ。」
「われわれの世界は均質化を好む。個々のちがいや奇行に対する寛容さがしだいに失われており、そのかわりに病気として治療の対象にする傾向が強くなっている。」
「現在は初診で診断をくだすのが通例になっているが、これはたいてい人生最悪の時期を経験している患者とのごく短い会話で得られたきわめて不十分な情報に基づいている。」
「次善の解決策として現在必要なのは、臨床医は控えめな診断を心がけ「特定不能」の分類を気軽に用いるべきである。」
「新しい検査がつぎつぎに考え出され古い検査では異常のハードルが下げられる。それなのにわれわれは最適な予防法をおろそかにしている。すなわち、運動、適切な食事、節度ある飲酒、禁煙、ドラッグの禁止。」
「そしてまた、時期尚早の予防医学のたわごとが精神医学にまで蔓延しないように願いたい。」
「精神疾患の診断はすでにそこにあるものを見るわけだが、見てとるパターンは思い込みによって決まる。ひとつの正しい方法があるわけではないので、流行り廃りに左右される。」
「過去の流行:悪魔憑き、ダンス熱、吸血鬼ヒステリー、ウェルテル熱、神経衰弱、ヒステリー、多重人格障害、魔女狩り」
「過去の流行を知っておけば、現在で何が「本日のおすすめ診断」になろうとも、疑いの目で見るのに役立つはずだ。」
「アメリカ人の三分の一以上が、日々の生活に悪魔や天使が積極的に関わっていると信じている。」
これ、本当ですかね?
「現在の流行:注意欠陥・多動性障害(ADHD)、自閉症、成人の双極性障害、社会恐怖症」
「診断のインフレを示す証拠は到るところにある。精神疾患の爆発的流行は過去15年間に四度あった。小児の双極性障害は、信じがたいことに40倍に増えた。自閉症はなんと20倍に増えた。注意欠陥・多動性障害は3倍になった。成人の双極性障害は倍増した。」
「1990年代半ばまで、ADHDは巨大で活発な製薬事業のさびれた小さな一角を占めているだけで、取るに足らない存在だった。」
「内気は誰にでも見られる完全に正常な特徴であり、後悔するよりも安全であるほうを選ぶという生存上の大きな利点がある。」
「時間がこれほど大きな治癒力を備えているのは、病気の多くが短期的なもので、状況に起因し、限定された経過をたどるからだ。別段の努力をせずとも、われわれの心身はもともと回復力に富んでいるのである。」
でも、現代生活ではさまざな要因から、「もともと回復力に富んでいるはずの心身」がおかしくなっているので、できる限り「もともと」に戻す必要がある。
「複数の調査でほとんどの医師が、当たり障りのない薬を偽薬として用いる時があると認めている。何か形あるものを与えて患者にお帰りいただくために。」
「服薬は受身の行為である。これに対して精神療法は、人生に対処する新たなスキルと態度を教えることによって、患者に責任を持たせる。」
「最近まで、日本の精神科の治療はどれも薬物療法が基本だったが、政府が認知療法を代替策として奨励し、国をあげて薬の一極支配を崩そうとしている。」
本当ですか?
「<正常>とは何か。<異常>とは何か。長く続いているこの問いに、私たちはまだ明確な答えを見つけ出していない。にもかかわらず、精神医学はその境界線があるかのように振る舞う。それがあくまでも暫定的なものでしかないことを私たちは認識していかないといけないが、DSM5はその戒めをいかにもあっさりと捨て去った。」
「1980年代まで、DSMは目立たないちっぽけな本で、たいして注目されていなかったし、読まれてもいなかった。」
「DSMは正常と精神疾患のあいだに決定的な境界線をひくもの」
「精神疾患とは便利な複合概念であり、精神の苦痛をどう分類するかについて、現状で最善の推測を示しているにすぎない。」
「ヒポクラテスは状況が緊迫していて積極的なアプローチがどうしても必要にならないかぎり、慎重で穏やかな、自然にのっとった治療を好んだ。現在の医療の危険な面になっている有害な抗精神病薬の乱用を知ったら、ヒポクラテスは困惑して深く悲しむだろう。」
「DSM-Ⅲの目標のひとつは、精神疾患を客観的に定義して、臨床研究や基礎科学研究を促進することにあった。」
「製薬企業も多額の研究資金をつぎこみはじめ、儲けの大きな精神科の新薬を開発しようと競り合った。」
アレン・フランセス(2013)
<正常を救え> 精神医学を混乱させるDSM-5への警告
講談社