「うわぁぁぁぁぁ! 毒蛇に噛まれたぁぁぁぁぁ! 足首のところぉぉぉぉぉ!」

蛇か、如何かは判んないだろ?」

「毒蛇だったら? 最悪の事態を想定して、対処しないとぉぉぉぉ! 悠長に構えてたら、手遅れになるぅぅぅぅぅ!」

「だったら、噛まれたところの上から、足を切り落とすか? 毒が身体中に回らない内に・・・」

「・・・いや、毒蛇じゃないかも、、、、ていうか、そもそも、蛇じゃなかったかも・・・?」




そりゃあ、万が一の事を考えれば、誰だって狼狽える筈でしょうから、笑うつもりも、責めるつもりも無いですが、、、、、人の、楽観と悲観って、自由自在で、実に興味深いです。心のバランスを保つ為に、往ったり来たり、忙しい・・・。


人間の心理は常に矛盾しますが、、、、現在の医療に求められているのは、こういう視点です。命が救われても、生活できなくなるので有れば(不自由を余儀無くされるのも同じ)、意味が無い・・・。勿論、救命は大前提ですが、一方で、その後の、(患者の)社会復帰を想定した上での処置も重要だ、という事ですね。


あ、一応、お断りを、、、、毒に侵された対処法として、患部を切断するのは正しくありませんので、悪しからず・・・。


客:「このフレームは?」

店員:「特殊チタンが用いられておりまして、自然な装着感が実現されており、弾力性に加えて、軽さが売りの商品ですね」

客:「じゃあ、レンズを付けると、重くなるんで、、、、安くなる?」

店員:「高くなります! ていうか、別料金を頂きます!」


食べ物屋にて、中学生ぐらいだろうか、少年が母親に反抗し、怒鳴り散していた。




少年:「勝手に注文するなよ!」
母親:「だって、あなた、いつもエビフライじゃない?」
少年:「何で、決め付けるんだよ! その時に拠って、違うだろ!?」




母親は、吃驚していた。突然の事だったに違いない。ひょっとしたら、神経症を疑ったかも知れない、、、、“いつもエビフライ”というくらいだから、屹度、これまで、文句を向けられた事は無かったのだろうし、そもそも、憤る程の事でも無い筈だ。


でも、少年からすれば、当然の事、、、、自立心が芽生え始めたのだ。こんな、ちっぽけな事のみならず、何かに付け、親への反発を表すようになるだろう。


使命として、(少なくとも、人間の)親は、何時までも、子供を保護し、道筋を付けたがるが、現代での人生は長過ぎてか、それを持て余し、役割の終えた事を認識できないのかも知れない。子供の、全てに於いて、自分の判断に趣きたがる自尊心は、エゴでは無く、生きる術で有ろう、、、、何故なら、やはり、親は、先に死ぬのだ。


失敗した方が、子供は成長する、、、、などと、平たい見解を述べるつもりは無い。挫折して、駄目になる人間は、幾らでもいる。だから、親は、危険を回避させようと目論む。しかし、仮令、それが最善だとしても、何れは去ってしまう存在に依存してれば、いざという時、対応力を発揮できないのだ。独力にて処理し切れる事ばかりでは無いだろうが、結局、他の誰かに頼らねばならないにせよ、その人脈を築いておく必要が有る。親自らが支援者を用意しておくとしても、所詮、親の側の繋がり、、、、親に死なれた後も、猶、助勢してくれるか、と言えば、その保証は無い筈だ。


それでも、子供の自立に拠る、結果としての遠回りを、親は嫌がる、、、、何故だろう?


あ、そうか、、、、これも、又、やはり、先に死ぬからなんだ・・・。