食べ物屋にて、中学生ぐらいだろうか、少年が母親に反抗し、怒鳴り散していた。
少年:「勝手に注文するなよ!」
母親:「だって、あなた、いつもエビフライじゃない?」
少年:「何で、決め付けるんだよ! その時に拠って、違うだろ!?」
母親は、吃驚していた。突然の事だったに違いない。ひょっとしたら、神経症を疑ったかも知れない、、、、“いつもエビフライ”というくらいだから、屹度、これまで、文句を向けられた事は無かったのだろうし、そもそも、憤る程の事でも無い筈だ。
でも、少年からすれば、当然の事、、、、自立心が芽生え始めたのだ。こんな、ちっぽけな事のみならず、何かに付け、親への反発を表すようになるだろう。
使命として、(少なくとも、人間の)親は、何時までも、子供を保護し、道筋を付けたがるが、現代での人生は長過ぎてか、それを持て余し、役割の終えた事を認識できないのかも知れない。子供の、全てに於いて、自分の判断に趣きたがる自尊心は、エゴでは無く、生きる術で有ろう、、、、何故なら、やはり、親は、先に死ぬのだ。
失敗した方が、子供は成長する、、、、などと、平たい見解を述べるつもりは無い。挫折して、駄目になる人間は、幾らでもいる。だから、親は、危険を回避させようと目論む。しかし、仮令、それが最善だとしても、何れは去ってしまう存在に依存してれば、いざという時、対応力を発揮できないのだ。独力にて処理し切れる事ばかりでは無いだろうが、結局、他の誰かに頼らねばならないにせよ、その人脈を築いておく必要が有る。親自らが支援者を用意しておくとしても、所詮、親の側の繋がり、、、、親に死なれた後も、猶、助勢してくれるか、と言えば、その保証は無い筈だ。
それでも、子供の自立に拠る、結果としての遠回りを、親は嫌がる、、、、何故だろう?
あ、そうか、、、、これも、又、やはり、先に死ぬからなんだ・・・。
少年:「勝手に注文するなよ!」
母親:「だって、あなた、いつもエビフライじゃない?」
少年:「何で、決め付けるんだよ! その時に拠って、違うだろ!?」
母親は、吃驚していた。突然の事だったに違いない。ひょっとしたら、神経症を疑ったかも知れない、、、、“いつもエビフライ”というくらいだから、屹度、これまで、文句を向けられた事は無かったのだろうし、そもそも、憤る程の事でも無い筈だ。
でも、少年からすれば、当然の事、、、、自立心が芽生え始めたのだ。こんな、ちっぽけな事のみならず、何かに付け、親への反発を表すようになるだろう。
使命として、(少なくとも、人間の)親は、何時までも、子供を保護し、道筋を付けたがるが、現代での人生は長過ぎてか、それを持て余し、役割の終えた事を認識できないのかも知れない。子供の、全てに於いて、自分の判断に趣きたがる自尊心は、エゴでは無く、生きる術で有ろう、、、、何故なら、やはり、親は、先に死ぬのだ。
失敗した方が、子供は成長する、、、、などと、平たい見解を述べるつもりは無い。挫折して、駄目になる人間は、幾らでもいる。だから、親は、危険を回避させようと目論む。しかし、仮令、それが最善だとしても、何れは去ってしまう存在に依存してれば、いざという時、対応力を発揮できないのだ。独力にて処理し切れる事ばかりでは無いだろうが、結局、他の誰かに頼らねばならないにせよ、その人脈を築いておく必要が有る。親自らが支援者を用意しておくとしても、所詮、親の側の繋がり、、、、親に死なれた後も、猶、助勢してくれるか、と言えば、その保証は無い筈だ。
それでも、子供の自立に拠る、結果としての遠回りを、親は嫌がる、、、、何故だろう?
あ、そうか、、、、これも、又、やはり、先に死ぬからなんだ・・・。