タイトルが微妙に時期外れなんですが、、、、中学入学の頃、生徒指導の教師が壇上にて(入学式ですね)、次のような言葉を吐きました。



「金八先生みたいな先生なんか、何処にも居ないんだ!」



誰も、そんなの求めてませんけど、、、、どっちらけたのを憶えています。


ただ、今思うと、あれは、敵視だったのではなく、理想は理想だけど、あういう風には出来ません、との敗北宣言だったのかも・・・。批判や、現実的な訂正を述べるのではなくて、単に、存在を否定しているだけですからね。


あれは無理、、、、教師だって人間だもの・・・、が本音・・・。だからといって、生徒に無礼られたのでは、学校運営も儘ならないので、とりあえず、怒鳴り声と、威圧的な態度をぶつけた・・・?


ま、実際は、中学生なんか、話の通じる相手じゃない、、、、そう思ってただけなんでしょうが。。。。



「武田鉄矢みたいな教師なら、幾らでもいるけどね」



言い返してやれば、良かったな。


あ、因みに、その生徒指導の先生、、、、ツルッパゲでした。




女の方が現実的だ。


この手の見解を耳にした事が有りますか? 恐らく、趣味的な嗜好を理解しない配偶者への、男の愚痴として、これを聞くケースが最も多いと邪推します。
非難の内容は、“無駄だ”、“役に立たない”と決め付けられる事への嘆き、、、、認知されず、肩身の狭い思い、悲しみを訴えたものです。

まあ、こういうのは、それぞれの家庭で、個別に解決してもらうしかありません。


僕の掲げるテーマは、<そんなの、只の言いかがりじゃん>です。


僕個人のみの、小さい与件で恐縮ですが、、、、僕は、植物などを育てる作業には、全く、感興を催しません。これは、一般的にも、男の、大方の傾向なのではないかと思います。そして、男は、一般的に、植物を愛でる感性の豊かな女性に対し、(実際に、言葉を用いるか如何かは、各自、置かれた状況は違いますし、力関係に因るでしょう)、、“無駄だ”、“役に立たない”と決め付けがちなのではないでしょうか。

男と女を二極に分化し、特性を論ずる事自体が、乱暴な“決め付け”とも言えますが、それを結論に置かない限り、過程(実験段階)に於ける仮定の手法として、まあ、アリなんじゃないかと、、、、その上で、次のように纏めまする。

男にも、現実的な性質が有れば、女にも、空想的な性質が有って、発揮される条件や領分とかが違うだけで、両方を兼ね備えて、持っている筈です(又、多様にも構成しつつ、取り扱えるでしょう)。





・・だから、何だ、、、、と言われると困るんですが、、、、えーと、んーと、、、、おっと、目線を彷徨わせて、外を見てみたら、、、、今の時期、桜が綺麗ですねー。うわー、落ち着くなあ。荒んだ心も和みますよね? なんていうか、ぱっと咲いて、ぱっと散る、短命で、潔い感じの美意識は、やっぱ、日本人の真髄だし、我々にしか解らない、独特の価値観、、、、あっ・・・!




「あれ? 髪、切った?」

「え? 分かる?」

「うん、何か、雰囲気が変わったもん」

「具体的には?」




・・・気付いても、気付かぬ振りをするのが無難ですね。