A子:「合コンのメンバーを探してるんだけど、、、、B子、行かない?」
B子:「あたしなんか・・・」
A子:「また、そんな、、、、自分から動かなきゃ、出会いは訪れないよ」
B子:「でも、あたしみたいな、チビで、デブで、ブサイクな女を好きになってくれる男性なんて居ないもの」
A子:「浅はかね。人の趣味なんて千差万別、、、、小さい娘が好きな男なんて、ざらに居るし、ぽっちゃり系じゃなきゃ駄目だって、あたし、振られた事が有るしね、顔なんて気にしない、少しぐらい崩れてた方が愛らしい、そんな事を言ってた男も、何人か知ってるよ」
B子:「あたしが言ってるのは、その全てが揃い踏みしている女の事だよ。一つ一つは赦せても、多くの欠点を重ね合わせれば、屹度、受け容れては貰えないよ」
A子:「・・・ごめん、、、、そういうデータは無いわ・・・」
B子:「あんた、あたしを揶揄う為に・・・?」
A子:「違う! 違う! 本当に心配してるだけだって!」
B子:「とことん、上から目線だよね」
A子:「僻まないでよ・・・」
B子:「ほら、あたしに、嫌気が差してる、、、、あたしみたいな女に逆らわれるのが、癪に障るのよ」
A子:「あんたの性格が悪いからでしょ? 歪みきっちゃって・・・」
B子:「じゃあ、あんたがあたしみたいな容姿だったら如何よ? 今みたいに、男漁りなんて出来る?」
A子:「出来るよ。あたしは、生来の男好きだもん」
B子:「悔しい~、皮肉ったのに・・・。じゃあ、あんた、、、、あたしみたいな、チビで、デブで、ブサイクな男が合コンに現れたら、好きになる?」
A子:「分かんない」
B子:「卑怯よ! ちゃんと答えなさいよ!」
A子:「だって、そういうデータが無いもん」



人を動かすのに、計算尽には運びませんね。



お米を研ぐのに、洗剤を使って、洗っていた(若しくは、洗おうとした)、、、、ちらほら、耳に入ってくるエピソードですが、若し、それまで、米を炊いた事が無いのなら、解らない行動でも無い、と思う。

例えば、米食圏では無い国の人に、「お米を研いで」と頼んだとしましょう。日本語が不得手なら、「とぐ?」と聞き返されるのは必至、、、、そこで、「洗うんだよ」と教えた場合、「OK」と言って、洗剤の容器に、手を伸ばす事は、考えられなくも無い。

食器とかに付く洗剤の泡、、、、あれを綺麗に洗い流さなかったり、拭き取らなかったりしても平気な民族も居るらしいし、食材専用の洗剤とかも存在する。

勿論、外国人が為出かすのと、日本人が為出かすのとでは、自ずと、印象は違ってきます。それでも、無知だった点では、一緒です。「日本人の癖に恥ずかしい」との見方も出来ますが、本人は教えられてなかったのですから、責めたり、嘲ったりするのは、少々、酷なんじゃないかと・・・。では、親の方をターゲットにしますか? お解りの通り、そうやって、枠組みを広げていけば、「政府が悪い」というところへ行き着くのに、然程、時間は掛かりませんし、切りが無いです。だから、皆、本人を追及する、、、、これが最も妥当だから・・・。

それでも、納得が行かないのです。思慮深い節度が備わっていれば良いのですが、人が相手の無知を指摘する際、大抵、優越意識が伴いがちです(蔑んでいなくとも・・・)。「何で、そんな事も知らないの?」、、、、単なる興味の様にも聞こえますが、実際、相手の成育過程を理解しようとしているのでは無く、自分のアドバンテージを確認したがっているだけです。穿つ過ぎだとは思いません。僕自身も、こういう態度を抑制できない事は有ります。そもそも、知らなかった事なのに、如何して、本人が原因を掘り下げられますか? 知らないものは知らない、、、、強いて言えば、当人にとって、不必要な事柄だったからでしょう。自分の常識を他人に押し付ける程、醜悪なエゴは有りません。

ネット上の書き込みで、漢字を誤っていたり、情報の認識が違っていたりしたら、攻撃の対象にされている場面を見掛けます。他人を罵倒するような悪意は論外ですから、在り来りなのを例に挙げれば、「勉強してから出直して来い」の類です。

一方、そういう書き込みをする人達に対して、TVのコメンテーターなんかが、「顔も身分も明かさず、安全なところから、好き勝手な事を呪ざいている、卑怯な連中だ」と噛み付いたりしています。一面的には、真理を衝いているかも知れませんが、僕は、ああいう、強気に出るタイプが、余り、好きになれないので、揚げ足を取りたくなるのです。「あなたの方こそ、直接、誰からも反論されない、安全な場所から、偏向的な見解を宣って、、、、卑怯なのは同じなんじゃないか」と・・・。

多分、言い返してくるでしょう、、、、「自分は、顔も身分も明かしている。後ろから殴りつけてくるような連中とは、全然、違う」と・・・。いいえ、違いません。自分の、顔や身分を明かしていても、(非難する)相手の、顔や身分を知らなければ、同じ事でしょう。恐らく、自らの危険を顧みず、正義を貫いているつもりなんでしょうが、顔や身分を明かしていれば、その分、出された意見が通り易くなる事の、圧倒的なメリットを自覚していない、、、、思わず、強気に出てしまう事の、モチベーションの源を認識していない(そういう人ばかりでは無いですが)。自分の恵まれた環境を知らず、己の有能さが故と信じて、又、己の勇敢さが為と惚けて、これ見よがしの論評を吐き出しています。そして、あの人達は、同じ立場の相手、例えば、番組共演者などに対しては、トーンダウンした調整意見に留まる事も度々、、、、完全な守りの姿勢に入ります。

つまり、ネット上の、ブログを炎上させる首謀者だったり、TVの、正義を切り売りするコメンテーターだったり、、、、防御する必然性が無いから、唯、攻撃的になっているだけです。ネットも、TVも、そういうシステムなので在って、そこに立ち入れば、個々の人間性に関係なく、誰しもが填り得る訳です。

ここまで読まれた、奇特な方は、既に察せられているとは思いますが、、、、僕自身が、もう、陥っているような気がします・・・。

でも、序でに、もう一言、、、、誰よりも勝る、豊富な知識を持っているなら、その余裕をして、寛容になるべきでは無いでしょうかね?(自己アピールも悪くないですが、正しいか、正しくないかを論ずるのは、収拾がつかなくなるだけです)



タイトル訂正→無知な偽善者の嘆きッス(チャラ男風に)



子供の頃、利き手じゃない方でも、字が書けた。いや、そう、思い込んでいた。

最近、小学生の書いた字を見る機会が有って、、、、あれは、今、自分が、利き手じゃない方で書く字のレベルそのものだ・・・。

つまり、どっちで書いても同じだった、って事、、、、字を書く事に関しては、利き手も何も、関係なかった訳だ。

昔の自分を否定されるって(粗、自作自演だけど)、結構、虚しい・・・(ディティールが詰められず、笑い話にもならないから)。

ま、結局、今の自分が情け無い事に、全ては起因しているんだけどね(あ、笑えない・・・)。