夢の内容ってそのほとんどがいつまでも詳しく覚えてるものじゃないけど、ごくまれにいくつかの夢がリンクして記憶に残ってるもんで面白い。


そのお話。


最近よく夢の中で夢を見るんだよね。

紛らわしいから後者をゆめと書こう。



僕は夢の中で切符を買う。

人目の少ないビルの地下や、駅の改札のはずれだったりする場所で、不自然に備えられたカウンターの受付から切符を買い、切ってもらう。受付はスレンダーなお姉さんだったり、怪しい中国人だったりする。


あたりを見渡すと僕と同じような人が何人かいる。

会話に聞き耳を立てていると、どうやら人によって値段が違うみたいだ。数万円もするから高くて手が出せないと嘆いてる若者がいた。ちなみに僕は300円だった。さすがこの夢の主人公である。



ふと気がつくと、ゆめの中にいる。

そこは言うなれば無法地帯で、現世で取り締まられるあらゆることが許されてる。

すべての欲望を具現化した場所、それがゆめの中。


自分の意識ははっきりしていて、あれがしたいこれを食べようってことがある程度選択できる。

店の商品は取り放題。僕は陳列棚からパンとワインをくすねる。

友人はライオンを人に襲わせている。もちろん誰も咎めない。


そこはほんとうに自由な空間だった。誰の目も気にせず暮らせた。

僕は抵抗されることなく見知らぬ異性の衣類を剥いだ。

顔に比べて体が好みでなかったから捨てた。ゆめの中ならではだ。


路地裏で次の獲物に手をかけようとした瞬間、急に辺りが騒がしくなった。

遠くから数人の走る足音と叫び声が聞こえる。「警察だ!取り締まりだ!!」

ああ、今日はここまでか。さっきはもったいないことをした。

そんな風なことを考えながら手元のパンを握ったまま、突然視界がぼやけてゆく。



目が覚めると夢の中だった。広い駐車場の脇のベンチに寝転がっていた。

丸一日ほど寝てたことが直感でわかった。

そこからは、またいつもの他愛のない夢が続く。覚えてもいない。



そんな夢のなかのゆめのお話。

いったいどんな深層心理なんだろうか。



それはともかく、次のチャンスがあれば選り好みなんかしないで素直に襲ってしまおう。


予定表埋めてたら手帳に書ききれなくなって焦った


土曜日 ボカロPライブ はちくま達とつけ麺
日曜日 サークルの友達と焼き肉ランチ
月曜日 家事してES書いて学校
火曜日 説明会と面接からの学校 ES3枚仕上げる
水曜日 説明会 サークルのミーティング 学校 みんなでメシ

↑今日ここ
↓明日から

木曜日 TSUTAYA返却 説明会2つ フットサル
金曜日 バイト まいちゃん達と大宮飲み
土曜日 ES2枚とレポート書く バイト 学校4時~7時
日曜日 まなみ達と大江戸温泉ドライブ
月曜日 説明会 ES提出 学校6時~9時
火曜日 説明会 ES提出 学校4時~9時 レポート
水曜日 説明会 学校4時~7時
木曜日 学校 ゼミ卒論要旨発表
金曜日 ようやくオフ(オフ会ではない)
土曜日 サッカー@川崎

ハードすぎるのでいくつか遊びのお誘いを断ってしまった。申し訳ないし悲しい

これ5/26日まで分の日記ってことで

28日 渋谷で愚民焼肉


29日 天鳳で徹マン


1日 グループディスカッションぶっ倒す


2日 アクト新歓ライブ、打ち上げ、カラオケオール


4日 池袋でありきーオフ、はつねとすぃちゃん家に来る


6日 新宿でひろことみおとヒコ迎撃オフ



それ以外の日はほとんど寝てた。


  履歴書の学歴欄を埋めていく春の出来事ばかり重ねて (五島諭)



3月卒業、4月入学、3月卒業見込み…
言われてみれば確かに、春の出来事ばかりだなあ


履歴書やらESを書く「作業」に追われてるGWだけど、自分の将来のことなのでないがしろにできない。
就活の難しさのひとつは、全部自分でやらなきゃいけないって点。当然親や学校はなにもしてくれない。自分で計画立てて、自分で頭ひねって、そして自分で成功しなくちゃならない。主体性のない人は脱落する。


電車や街ですれ違うサラリーマン、もといビジネスパーソンを見る目が変わった。
入社することも働くことも、それを続けて誰かを養うことも、すごく大変。僕に出来るかな。



そうそう、電車の中で流れるCMで、どうしても気に障るのが栄養ドリンクや市販薬の類。
「あ~疲れたな~」
「これ飲んで頑張れ!」
「よーし、もっと働くぞー!」
このワンパターンが、労働者へのある種の洗脳のようで、どうも僕には受け入れられない。


疲れるのは知ってる。働かなくちゃいけないのも知ってる。だからと言ってあなたたち(広告主)にまで尻叩かれる筋合いはないんじゃないの?もう少し他のアプローチの方法はないの?いつもそう思う。

どうすればいいんだろう。働き過ぎずに生きていくためには社会構造、労働システムまで変える必要がありそうだなあ。


それを変える労力を考えたら、なるほど、大人しく社畜している方がラクなのだ。



  歩道橋の上で西日を受けながら 自分yeah 自分yeah 自分yeah 自分yeah (同上)



ばかばかしいような空元気も、社会人になるために重要なスキルかもしれない。

ブログとmixiを使い分けて日記を記すのは、実はこれが初めてじゃない。
高校時代も、mixiとバンドのHPの日記を書き分けていた。オリンピック1回分も昔の話だ。



SNSとブログ。似て非なるこの2つを、僕はメディア媒体の違いとして捉えている。
前者は寄り合いであり集会。広がりをもったコミュニティであり、各人同士のコミュニケーションによって成り立つ。
後者は新聞であり本である。そこに前者のようなコミュニケーションは存在せず、ほとんど一方通行だ。
当然これらの区別は曖昧になる時もあるが、脱線し続けることのないよう運営していこうと思ってる。 



話は変わりまして。


次に会えるのはどうやら夏のようで、それをいろんな人に問われた時に答えると決まって「大変だねー」とか「辛くない?」とか言われる。そういうもんなのかー、と思い「辛かったら遠距離なんかしないよw」なんて答える。


辛くないって言ったら嘘だけど。



ただそういうのは誰彼かまわず同情してもらいたいものではないし、同意とか応援とか、ほんとに理解してくれてる人たちから貰うだけで十分だなあって。万人から理解してもらいたいとは少しも思わない。

そういう意味で、恋愛はブログ的な、閉じられたコミュニティの範疇で語るのがいいのかなあと。
そんなことを少し考えながら、このぱんだブログを開設したよ。