前の記事でも触れた1996年製のGSX-R750


一方こちらは1993年製ドゥカティ888


この2台を比較してみると、
【キャスター/トレール】
GSX-R750…24.0度/96mm
888………… 24.5度/100mm
【ホイールベース】
GSX-R750…1400mm
888………… 1430mm

この2台も、
キャスター 0.5度
トレール 4mm
ホイールベース 3cm
の差に収まっていて、似た特性の車体である。

…とは言え、ドカティ888はあまりにエンジンタイプが違い過ぎ、車体の成り立ちとハンドリングは直4エンジンのGSX-Rとは相当違うはずである。

まずホイールベースであるが、
ドゥカティのエンジンは前のシリンダーが水平近くまで寝ているL型であり、前後がとても長い。
スイングアームをクランクケースにマウントするなど苦肉の策を講じ、スイングアームもGSX-R750より短くしているのに、ホイールベースは3cm長い。




赤線はクランクシャフトの位置である。
直4エンジンのGSX-R750はフロント寄りなのに対し、Lツインエンジンの888はほほ車体中心に位置している。
クランクシャフトが後ろ寄りと言う事は、当然888はクラッチやカウンターシャフト、ドライブシャフトも後ろに寄っている訳で、重心は嫌でも後ろ寄りだ。

更に、リア側のシリンダーヘッドは車体中心より後ろに位置しており、これも重心を後ろにしてしまっている。

これではフロント荷重が不足して、安定性が悪くなってしまう。
クランクシャフトも直4エンジンの様に長くて重い訳では無いので、ジャイロ交換による安定性も期待出来ない。





…実はこれこそがドゥカティの弱点であり、乗りづらいと言われる所以であり、逆に速さの秘訣でもある。
フロント荷重不足からくる安定性の悪さを逆手に取り、運動性を上げているのである。
いわば、安定性をギリギリまで犠牲にして手に入れた運動性であり、諸刃の剣とも言える。




因みにウチのドカは1996年製



このM900というバイクは一見するとネイキッドバイクなのですが…



その車体はレーサーレプリカの888をちょいと手直しして流用しています。

なので…
フロントホイール…3.5J17インチ
リアホイール…5.5J17インチ
キャスター角…23度
トレール…104mm
ホイールベース…1430mm
という、レーサーレプリカに近い車体寸法を持っています…

…と言いたいところですが…
元の888のキャスター角は24.0~24.5度なんですよ。

M900はネイキッドのストリートバイクとして、ギア比が変更されて低速寄りにされたと同時に、『キビキビ曲がれるように』とキャスター角が23.0度に立てられたんです。

バイクデータヲタクの私は、色んなバイクの諸元表を見てきましたが、キャスター23.0度と言うのはほぼ限界値だと思います。
23.0度以下のキャスター角を持つ量産市販バイクは、私の知る限りこの一台のみです。


2003年型ビューエルXB9Rです。
このバイクはイレギュラー過ぎるほどイレギュラーです‼️
・キャスター21.5度
・トレール89mm
・ホイールベース1320mm
…コレを設計したエリック・ビューエルさんは、もはやマッドサイエンティストだと思います。
本来、こんな数値ではまともに走るバイクは成り立たない…

このバイクの試乗レポートが載ってる雑誌を持ってて、テスターの意見を見ると、
・不安定で相当な違和感
・あまりにも安定性がない
・この操縦性は日本メーカーなら間違いなくNG。いくら面白くても評価会議で確実に落とされるレベル
・お客さんに薦められない
・このハンドリングは過激すぎる
・大型バイク初心者には薦められない

テスターは、元レーサー、バイク雑誌編集員、バイクショップ店長の3人。
元レーサーの評価は高かったが、
それは、
『ステアリングをこじるのは絶対にダメで、バイクを扱う基本がキッチリ出来てる人じゃないと無理』
『基本を【強要】レベルで求められる』
と言う、中級者以上が前提のもの。
それでも試乗中は『このバイクは変やな😂』と終始言ってたという。

このバイク、実は私も乗った事がある。
室内二輪教習所と言う限られたコースだったが、よく曲がる事と、ちょっとでもアクセルをワイドオープンするとすぐフロントが浮いてしまう(笑
面白いけど、万人向けでは無い。
トラコンなんてモノも無いので、少なくとも【フロントが浮くのが怖い人】には絶対おすすめ出来ないバイクである。

…ただこのビューエルは『フロントが暴れる』と言う話は聞いた事がない。

データを見ると、前輪荷重が後輪荷重より重い。
45度と言う狭角Vツイン(ハーレースポーツスター用)が、思いっきり前よりに搭載されている為、この重量バランスになっているようだ。
しっかりフロントに荷重が掛かっている為にギリギリで安定性を保っているのかも知れない。
ハーレーエンジンなので、クソ重いクランクが発するジャイロ効果も安定性に寄与しているのかも…?




赤い線はクランクシャフトの位置である。

こうして並べて見ると、ビューエルは並列4気筒のGSX-Rよりもクランクシャフトが前方に位置しているのが分かる。
おそらく、これがある意味破綻している車体アライメントなのに、ハンドリングが破綻せずに収まっている要因だろう。

逆にM900は、ビューエルよりは安定性が高いアライメント設定のはずなのに安定性が破綻しているのは、クランクシャフト位置を含む前輪荷重不足が原因だろう。





888のエンジンは水冷DOHC 4バルブ…そこそこ重量があり、フロントにも荷重が掛かる。
しかしM900の空冷エンジンはSOHC2バルブの空冷。
軽量な上にラジエターもないので、フロント荷重が不足する。

888にはあったフルカウルが無いのも、フロント荷重を更に減らしてしまっている。

アップハンドルなので前傾が緩く、さらにフロント荷重が不足する。

そこにダメ押しでキャスターを立てて23.0度にしてしまっている。
結果、ステアリングダンパー後付け必須の、暴れん坊バイクになってしまったのである😭



実は、同じ1996年生まれの似たようなバイクがある。
スズキTL1000Sである。


コイツのハンドル周りはこうなっている。



ステアリングダンパーの無理やり感がすごい😥
どうしてこうなってると言うと…
その通り『無理やり後から付けたから』である。
このバイク、ハンドルが暴れるのでリコールになってしまったのである。

リコールなので、既に販売してしまった車両全てにステダンを取り付けなければならない。
何とか大掛かりな部品交換をせずに、ボルトオンで済ませようとした結果がコレなのである😥



ここで数値を比べてみよう。
【キャスター/トレール】
TL1000S……24.0度/94mm
GSX-R750…24.0度/96mm
888………… 24.5度/100mm

【ホイールベース】
TL1000S… 1415mm
GSX-R750…1400mm
888………… 1430mm

実に面白い (福山雅治 調)

スズキがTL1000Sでやりたかった事が良く分かる。
スズキは【ビッグツインのGSX-R】を作りたかったのだろう。
しかし…攻め過ぎた。
キャスター24度はギリだったと思うが、トレール94mmは少なすぎ。
ホイールベース1415mmも短すぎだろう。
フロント荷重が稼げる直4エンジンならいざ知らず、1000ccの90度Vツインエンジンを積むのは無理があった。
トレール105mm、ホイールベース1430mmくらいにしておけば暴れすぎずリコールもされなかったと思う。

一方、こちらは同年発売のホンダVTR1000F


スズキTL1000Sとよく似たバイクである。
ボア×ストロークは同一で、当然排気量もピッタリ同じ。
フレーム形式もアルミトラスと同一。
こちらはハンドルが暴れる事は無いバイクである。

と言う訳でデータ比較行ってみよう!

【キャスター/トレール】
TL1000S……24.0度/94mm
VTR1000F… 24.8度/97mm

【ホイールベース】
TL1000S……1415mm
VTR1000F… 1430mn

一目瞭然である。
VTR1000Fの方がキャスターが寝てトレールが長く、ホイールベースも長くて安定志向の車体なのである。


あと、ホンダはラジエーターを一般的なエンジンの前では無く、両サイドに設置している。
これによりエンジンを極力前方に積む事ができ、フロント荷重を稼いでいると思われる。

勿論、それだけでは無く、スズキの方がよりパンチのあるエンジンだった影響もある。



殆ど同一仕様のエンジンだが、圧縮比はかなり違うのである。
こんな所にも、
・優等生でそつのないホンダ
・元祖レーサーレプリカの過激なスズキ
と言うメーカー色が出ていて実に面白い(福山雅治 調)


話をM900に戻します。

ウチのと同じ初期のM900

2002年型のM900


間違いさがしみたいである。
パッと見にはビキニカウルが付いただけ。
あとは細かい部分のデザインが変わった程度に見える。

が、実はフレームが別モノになっているのである。

初代のM900フレームは…

この888を手直ししたもの。

一方、後期型のM900フレームは…

ST2のフレームを手直ししたもの。

つまり初期型は、バリバリのスーパーバイクレーサーを元にしたフレームで、
2002年以降の後期型は、ツーリングバイクを元にしたフレームなのである。
当然、初代と後期型はキャスター角もトレールも違っている。

初代は、安定性を無視して運動性に振ったバイクで、
2002年以降は、安定性を重視したバイクであり、この2台は見た目はほぼ同じだが、その乗り味は全く違うのである。

2002年以降のM900は人に勧められるバイク。
2002年以前の初代M900は、
人に勧めてはいけないバイクなのだ(泣


と言う訳で、車体アライメントが正解値から外れている初代M900

どうすればマトモに走れるようになるのか?
以降、私が試した方法を幾つか挙げます。

【アップハンをセパハンにし、前傾姿勢にしてフロント荷重を増やす】
この方法はそれなりに効果があります…が、私はセパハンにした後でギャップでフロントが大暴れして転倒してるので過信は禁物でしょう。

【フロントフォークの突き出しを0して、リアサスのピロを回して縮める事でキャスターを寝かせる】
この方法もそれなりに効果はありますが…リアが下がる事でスイングアーム垂れ角が浅くなり、アンチスクワット率が下がり、コーナーでアクセルを開けてもリアサスが踏ん張らなくなる弊害があります。
あまりコーナーを攻めない人なら、これで良いかも知れませんが、コーナーを攻めないならドカティなんて降りた方が良いです(爆

【サイレンサーを軽いモノに交換する】
これは1番手っ取り早く、効果もあります。
車体後部が軽くなる事で、相対的にフロント荷重が増えます。
弊害としては、フロントが暴れる事は少なくなりますが、車体自体の安定性は落ちます。
ノーマルのサイレンサーはかなり重い訳で、それが両側にぶら下がっていた訳ですから、車体のフラつきをこいつが押さえてくれてた訳で、その『オモリ』が軽くなれば、当然フラつき易くなります。
まぁ、フラつきを逆手に取って運動性を上げてるのがドカティの特徴なので、デメリットでは無くメリットと捉えましょう。


【バッテリーを移設する】
バッテリーと言うのは重い訳で、そのバッテリーを前に持って来ればいやでもフロント荷重は増します。

本来リアシリンダーヘッドの上に位置するバッテリーを


キャブレターの前、ステアリングヘッド部分に移設します。


その際、バッテリーは…


12サイズでは無く14サイズを使いましょう。重い方が効果がありますし、始動性も向上します。
これのデメリットは、ズバリ加工が大変だと言う点。
バッテリーボックスを新造しなくてはならないし、エアクリーナーボックス前半を撤去しなきゃならないので、パワーフィルターに交換しなければなりませんし、そうなるとキャブセッティングも変えなきゃなりません。

実はこれ、某有名ドカティチューニングショップがやっていたんですね。


車両はSS900なので、M900から見ればフロント荷重はそんなに不足してないと思うのですが、バッテリーを前に移設しています。
しかも、この車両はインジェクション仕様なので、純正は小型のシールドバッテリーなのですが、敢えて旧タイプの液補充式の重いバッテリーにしています。

【ステアリングダンパーを取り付ける】
ステダンは必須です!好きじゃ無くても付けましょう。
いくらあれこれ変更しても、23.0度と立ったキャスター角は変えられないので、言葉通り『転ばぬ先の杖』として装着は必須です。


以上、正解値から外れたバイクを買うと、こんなにもイバラの道を堪能する事が出来ると言う話でした😭