お立ち寄りいただき
ありがとうございます
この時期になって
ようやくとりかかれた
1年前の手術日からの話
やっと病理診断結果まで
辿り着きました。
備忘録として
残しておきたいと思っています。
現在は診断が下りていますが、
そのときの状況&気もちを
そのまま書いていこうと思います。
本意ではないのですが、
もしかしたら読んでくださる方を
不快な気もちにさせてしまう
ことがあるかもしれません。
そのときは本当にごめんなさい
退院してから病理診断を待つまで
手術中の迅速診断では、卵巣腫瘍の正体はわかりませんでした
私のブログを読んでくださっている方はご存知の通り、主治医は「…かもしれない。」というような表現は、ほとんどしません。
手術前の見立て、術後・退院前の話しの内容・様子から、悪性と考えておいた方が良いと感じていました。
どこかの段階で「良くて、境界悪性かな?」という話しを一度だけ聞いた記憶があります。
母が卵巣がんだったこともあり、悪性に違和感はなくなっていました。
そんな私は正式な病理診断が出るまでの日々、心の準備をしながら、これからのことを想像し、備えるため、情報を集めることに時間を費やしました。
どんなことをしていたかというと…。
・卵巣がんを罹患された方のブログをたくさんたくさん読みました。
先輩方の体験や現在の心境を綴ったブログは、本当に参考になりました。
・藤河るりさんの「元気になるシカ!」を、何度も読みました。
とっても読みやすくって、希望ももてて、その1ヶ月間のバイブルでした。
・その他、関連書籍をいろいろポチって読んだり、ネット検索して調べました。
・女性特有のがんを罹患された方々が参加するコミュニティ&講座(オンライン)に参加させていただき、結果が出るまでの不安な気もちを受けとめていただき、質問などもさせていただきました。
こちらでHBOCの膵臓がんリスクの話しを伺ったことが、遺伝子検査を受けようと思ったきっかけになりました。
抗がん剤を受けた場合の副作用によって今の仕事に支障が出る可能性が考えられたのですが、似た職種の方が漢方を使って対処・克服されている話を伺って、少し安堵しました。
・複数契約している仕事先のうち、どれが継続できそうで、どれは辞めるべきか(相手や同僚への迷惑を考慮して)。辞めるところに関しては後任探しも含めて、考えを巡らせていました。
そして、辞めた方が良さそうだと思ったところには、結果が出次第、連絡する準備をしていました。
1番メインに仕事しているところは、雇用的にはもう少し判断まで余裕があったのですが、同僚たちの中には、病理診断の日まで待つのが限界だと考える方たちがいたんですよね
・夫の扶養に入ることを想定して、遅れていた確定申告を頑張って終わらせました(本来なら期限内に提出するべきですよね)
後は、腸閉塞にならないための食事を心がけ、シャワーを夕飯前に浴び(しばらく湯船はNGですものね)、夕飯も20時までには済ませるという、毎日規則正しい生活を送っていました。
「こんな健康的な生活が1年前にはできたたんだな〜」と、今は思ってしまいます
2020.11.16
手術からちょうど1ヶ月。
1ヶ月検診&病理検査の結果を聞く日でした。
1人で行きたかったんですよね〜。
診察後に、病院内のウィッグ屋さんに寄るつもりだったので…。
でも、旦那さんが「僕も行く」と、言い張り、危うくケンカしそうになったので、一緒に行くことにしました。
家を出る時間間際になって、胃が痛く、気もち悪くなってきた…
「どうしよう…。行きたくない」
と、弱音を吐く私に、
旦那さんは
「そんなこと言ったって、行かなきゃしょうがないでしょ」
と。
当たり前です
病理診断結果
そして、受診。
主治医は、なんだかいつもより明るい声で迎えてくれました
退院があんな感じだったから、このときすごく嬉しかったんですよね〜
「ちょうど1ヶ月ですね〜。体調どうですか?」
と、確認されましたが、何て答えたかは全く記憶にありません
緊張してたんでしょうね〜。
診察室入ってから結構早い段階で、
「結果出ましたよ。」
と、言って、プリントを見せてくれました。
そこに書いてあったものです。
卵巣境界悪性腫瘍
混合性(漿液性+粘液性)腫瘍 微小浸潤あり
右8.5cm
左5.0cm(被膜面に外向性発育あり)
✴︎子宮、大網、左右卵管 転移なし
✴︎腹膜インプラントなし
✴︎腹水細胞診 疑陽性(→悪性由来を完全に否定はできませんでしたが、明らかとは言えず、陽性扱いとはしません)
【術後診断 進行期分類】
卵巣境界悪性腫瘍 1C2期 混合性腫瘍
左右に腫瘍があったことも悪性の可能性が高いと思われる理由でしたが、どちらも原発の境界悪性腫瘍だったようです。
※後で、自分で調べた情報ですが。
私の混合性の型は最近できた分類のようで、予後&再発率などのデータも乏しいそうです。
ペーパーの診断書は主治医が書いたものですが、パソコン上の元データも
「これが境界悪性腫瘍のことを指してるんですよ。英語だけどね」
なんて言いながら、確認させてくれました。
診断書には、ところどころ不安な表現はありますが、
「境界悪性は悪性度が低く進行も遅いため、抗がん剤が効きにくいし、エビデンスもないことから、追加治療はしません。」
との説明を受けました。
こういう結果は全く想像していなかったので、一瞬頭が真っ白になりました…。
そして…
ここはがんセンター。
ん
え
追加治療がないって
もしかして
ここで、放り出されちゃうの?
これ、私の頭の中です。
このときの私、たぶん捨てられそうになった子犬のような表情をしてたんでしょうね〜
すかさず主治医、笑いながら
「ぼくがちゃんと診ますよ(経過観察していきますよ、という意味)」
と、力強く言ってくださいました
マスクしてるから目だけの表情で、よく心の中で思ってたことを読み取ってくれたなぁ〜と感心しました
そうして、4ヶ月ごとの検診がスタートしました。
この日、主治医が終始明るく柔らかい感じだったのは、私の結果が想定された中で最も良い結果だったからなんだと、私も夫も感じていました。
内診も問題なし。
傷の経過も良好とのこと。
でも、退院時に浸潤液がひどかった部分の傷口が開いて目立ってしまっていることを伝えると、
実際、今でもその部分だけ深い傷になっていて、医療従事者の方さえ、戸惑われます
「感じ方は人それぞれだからね〜。気になるならテープを出しますよ。でも、誰にでも出してるものではないからね」
と、言いながらドレニゾンテープを処方してくれました。
「あれ?何枚必要なんだろ?傷口はそんなもんでしょ?だから…。」
と、計算して枚数を決めてくれたのですが、これが大間違いで、テープは未だに残ってます
旦那さん、計算が違うことには気づいてたんですって。
だったら指摘してあげなよ〜
あと、
「もう湯船に入っていいですよ。でもスーパー銭湯とかは、まだしばらくダメですよ。」
「今日で絶対安静を解きますよ。」
と、言われました。
本当に1ヶ月間、家の中で生活しなさいってことだったんだ〜
お仕事もしちゃったけどね
そして最後に、
「何か聞きたいことはありませんか?」
と、言われたのですが、ここで初めて旦那さんが口を開きました。
いつも、同席するときは「僕はいい。」と、決して口を挟むことはなかったのです。
「今回は早かったんですかね?それとも、もっと早く病院に来ていれば、もっと軽く済んだんですかね?」
と
その質問に対し、主治医はしばらく考えた後、
「早かったんだと思いますよ。卵巣の場合、もっとひどい状態で発見されることも多いですからね。」
と。
旦那さんが、このときまでずっとモヤモヤを抱えていたことを知りました
病院嫌いで、なかなか健診に行こうとしない妻に対して…
私を決して責めることはしませんでしたが、主治医の言葉で救われたのだと思います
ごめんね。かなりの心の負担をかけてしまったね…
仕事について
卵巣がんの疑いで手術を受けた場合、病理検査の結果が出ないことには、はっきりした状況がわからないことを聞いていました。
しかし、それぞれの職場に見通しを伝えておく必要があったため、とりあえず年内(12月いっぱい)お休みの方向にさせていただくことにしました。
でも、結果を報告したメインの職場から、
「追加治療が必要ないなら、もっと早く戻って来れるんじゃないの?」
というプレッシャーをかけられて、そこには予定より1ヶ月早く復帰しました
今考えると、かなり無理していたんだと思います。
結構、力仕事もあるので…
痛みも続いていたことから、痛み止めを飲みながらの復帰となりました
疲れも半端なかった
一緒に働く人を気遣って戻ったものの、もっと自分を大切にしてあげるべきだったと、反省してます
でも、1ヶ月早い復帰でも、戻った当初はものすごいぎくしゃくした関係の中で仕事していたので、予定通り休んでいたら、どうなっていたのだろう…とも思ってしまいます。
私が休むことで、3人分の仕事を2人でこなさなければいけないのですから、留守を守る方達の負担は相当なものだったのでしょうね…
これで、手術にまつわる話は書き終えました。
お付き合いいただいてありがとうございました
次からは、リアルな時空に戻ります
…と言っても、1ヶ月前くらいになりそうですが
良かったら、また読みにいらしてくださいね