果たすべきものを持ち得た人らだったはずなのに | アメブロなpandaheavenブログ

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最近漫画の先生始めました。
好評です☆

写真を撮ったり映画を見たり。でもやっぱり普通が一番!
みんなも無理しないでね!

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この人らって「偉ぶる」だけで、「偉い人らしくある」が全く叶ってない。

出自を思えば、ヘンリー王子には生まれ持って備わってきたプリンシプルなりプリンシパルなりノブレス・オブリージュなりで、にじみ出せる高貴が備わってるはずで、記事のような不名誉を避ける所作が生来叩き込まれてきたはずだ。

 

なのにこうであるという不遇は、後天的な振る舞いに支障があったことと言えよう。ロイヤルを冠した出自は、自身で得られた格ではない。ある種の必然をもってその家系に生命宿したのであり、その特権地位の存続の引き換えに、果たすべき振る舞いを堅持し、生涯を賭して満たすことを誓うことでバーターが成立する。

 

セレブってものとの差はそこに宿り、ただ単なる金持ち成金とは、上述の面において徹底的な格差がある。されどこの夫婦には総じてセレブ気取りの側面が強く印象される報道がすこぶる多い。残念だし、同じ報道を介する機会を別のベクトルで利用もできたことを鑑みるに、素養に「そぐわなさ」があったと結論されても致し方ない。

眷属たちは未だ「果たすべきもの」を達成しようと、自らの生涯を費やしている進行形なのであり、いっときたりともその離脱をほのめかしたりもしていない。

 

特別な格とは、そうした「否応のなさ」のうちを、理屈以外の観念で「やりきってくれる」なる、獏とした、「かりそめの絶対」を夢見させて成立するものなのだから。

 

「果たすべきこと」を放棄し、「無遠慮に要求は満たす」だけのものを見下げるのは、世界のどこでも同じなのでありましょうな。