この記事は、判決の出た日に打ってたコラムです。
その日、私は筆が止まり、書ききることが適わなかったんです。
なにを書いても、間に合ってなさを覚え、それが変な方向にスピンさせることがあっては、軽率な気がしたのです。
日をおいて、いくらかかろうじての文章にありますが、興味あらばご一読ください。
先生、判決を犯人に聞かせてくれて、大きな役割をこなされたと思います。
失った命が戻らないのがどうしようもなく悔しく口惜しくやりきれず、心が潰れそうですが、犯人が裁きを受け、償わせるに至れたのは、犯人を生かした先生の治療あってのことです。
犯人の命一つでは釣り合わぬ判決なのは重々承知で、それでもこの社会が犯罪者を許さないとした堂々を達しえた事実は重く大切でした。
犯人の死刑は避けえぬ道です。
犯人がどう亡くなるかに際し、粛々と判決までを堪えた被害者の親族知人におかれては、苦悶の伴う期間だったはずです。
この帰着があらゆる決着にするには誰にも間に合わぬものでしょう。事件はあまりに無惨で独りよがりで卑怯でした。
そうしたたくさんの無念と堪えが、ここまで辿り着きました。なのに喜べるものには程遠い感情に飲まれそうです。
社会の中にあって、このような残忍に能う極刑は、どの選択であっても間に合わぬはずです。
そうしたさなかに、先生の医療行為が「死んで済ます」みたいな犯人を、真の意味で「逃さない」で引き止めた、影の功労者に見えます。
以前の、治療の最中の記事も確かコラムで取り上げましたけれど、葛藤や苦悶に満ちた中を、「いずれ死刑に必ずなる」者を、30人を超える殺人を犯した犯人を、死んで逃さないことにした先生の内的な混沌は、ある意味究極の選択だったはずです。
そして最初の判決へたどり着けた。
この途方もなさ、この座りの悪さの中を、「犯人が生きながらえてる」ことで、残された者の声を届かせ、犯人の意図を聞き出せました。
亡くなった命たちにかなうことはないけれど、それでも打ちだせた一撃たちは、残された者たちのなにかを、通れる道を作ってくれた気がします。
解決のできない、決着しかないこの事件を、「犯人が生きてやがった」ひとつがわずかなんだけど、こころの居場所を作ってくれた気がします。
ああ、言葉が全然間に合わないよ。でも、先生のしてくれたことは、よかったって、そこまでは言える。これはこれで、苦難の道の始まりだけれど、でも、先生はすごい道なりのうちに立っててくれた。