世の中には

恐ろしいほどの偶然が

存在する

パンダ調教師のブログ

そしてまた


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恐ろしいほどの偶然が


ザ・モモタローズ。

はいはい、平等は素晴らしいものですね。

差別をしてはいけませんものね。

平等平等。

きっと立ち位置でもモメたんでしょうけど、そこはご勘弁を。


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そこには、おじいさんもおばあさんも、

犬も猿もキジもおりません。

ましてや鬼だなんて、トンデモナイ。

ご父兄になんと言われるか。

木ですか?

そんな役をやらせたら、児童虐待とか言われますよ。


平等の名の下に、将来的に淘汰されることを忘れている者たち。

幼稚園もしくは保育園で、みんなが主役のお遊戯をし、

小学校ではオテテ繋いで仲良くカケッコ。

「ナンバーワンにならなくてもいい、元々特別なオンリーワン」

そういう腐った思想から来る、

競争心、向上心、危機感、情熱の欠如。

そんなお子様が社会に出たとき、

つまり、他人との競争でしかない社会に出たとき、

競争の方法を知らないそいつらは、簡単に淘汰されるのだ。

みんなで仲良く平等に生産をする世界、供給される世界、

他人との競争がない世界、淘汰されない世界を望むなら、

共産主義の国へ移住することをお勧めしたい。

時代は流れ、風景は変化する。

昨日まで存在したものは、明日、別のものに変わっている。

だから今日、この風景を見逃したくない。


はい、という訳でですね、

みなとみらいの風景の移り変わりを紹介しちゃおうかな、なんて。

ええ、ディックさんの記事の影響もあったりなかったりして。


まずはこちら。

はいドーン。


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とあるイベント開催を目指し、海を埋立てております。


そして完成形がこちら。

はいドドーン。


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1989年の横浜港開港130周年を記念して、

横浜博覧会が開催されました。

その名も「YES’89」です。

つまり「ヨコハマ・エキゾチック・ショーケース’89年」です。

私も中学の社会科見学にて入場しましたが、

記憶が薄いのなんのって。

画面右下から中央に伸びるのは「動く歩道」という、

つまりは空港などにある「アレ」です。

最寄り駅の桜木町駅から入場ゲートまで伸びていました。

右には日本丸も見えますね。

動く歩道と日本丸は現在も残ってます。


そしてお次はこちら。

はい、ドドンパドーン。


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横浜博も終わり、跡地に様々な建物が建とうとしております。

動く歩道、日本丸があり、ドカンとランドマークタワーが建設中です。

上の画像でいうと、生協のピラミッドがあった辺りでしょうか。

コスモクロック(大観覧車)もありますね。

コスモクロックにはゴンドラが60個あって、

その支柱に付いたイルミネーションが1秒ごとに点灯し、

秒針になってるんですね。

その向こうにはインターコンチネンタルホテルがあり、

ランドマークタワーの向かって左には横浜美術館。

手前では横浜銀行本店ビルが建設中です。

いやあ、興奮してきましたねえ。


そして現在。

(いや、ちょっと前だな)

ズドドドーン。


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クイーンズタワーA・B・C棟、クイーンズスクエア、

三菱重工ビル、パシフィコ横浜、などなど。

どんどんいろんな建物が建ってますね。

中央の空地には、現在マンションが建っているはずです。

手前の空地はショッピングモールだったかな。


時代は流れ、風景は変化する。

昨日まで存在したものは、明日、別のものに変わっている。

だから今日、この風景を見逃したくない。

(本日2回目)

〇〇府職員の素晴らしい発言集


公務員である前に人間だ。

気分が乗らない時もある。

そんな時にちょっと(さぼりに)出たからと言って、

非難されては堪らない。

うちらは楽な民間企業とは違う。


どれだけサービス残業やってると思ってるんですか。


「やれ」とは言われないが、

暗に「仕事が残ってるなら終わらせて帰れ」と指示される。

許しがたい。


仕事前の一服(45分)もできないのか。


出勤時間にいなくても、朝礼の時にいれば遅刻にはならないと思う。


就業中にお菓子を食べてただけで注意された。


働いてほしいなら、もっと働きやすい環境を作れ、と怒鳴りたい気分。


これじゃ、なんの為に働いているのか分からなくなる。

働かなくても食べていけるなら、働きたくない。

これは職員みんなが考えている。


我々はもっと(給料を)貰うべきだと思う。

倍でも安い。


週5日キチッと出ている。

文句を言われる筋合いはない。


公務員であるが故に、低い給料で我慢している。


定期昇給が延ばされ、それでも我慢を重ねてやってきた。

本当はもう10万多く貰ってるはず。

これでは家庭を築くことができない。


退職金を見込んでマンションを買った。

後出しジャンケンと一緒。

退職金のカットは懲罰的だ。


給与カット、士気下がった。


知事は私たちに、本当に働いてもらいたいと思ってるのか?

人に仕事を頼む態度じゃないよね。


専門的な知識に加えて、弛まぬ努力がないと公務員は務まらない。

つまり、そういう目に見えない物に対しての給料を出して欲しい。


国から金を取るのが知事の仕事。


破綻してないのに、路頭に迷わせようとしている。



危機感の欠片もなく、

全体の奉仕者、公僕のはずなのに、

自分のことしか考えない公務員たち。

橋下さんも大変ですな。

要するにさ
おっさんになってさ
いろんなことを経験すっとさ
簡単なことで泣けてくるんだよね
こんなPV観ただけでもさ


某ブログに「男は泣くな」とあったので、

軽く反論しておこうと思う。
男が泣くときにも、いろいろある。
悲しいとき、怖いとき、痛いとき、悔しいとき、嬉しいとき。
勿論、痛くて泣くだとか、怖くて泣くだとか、

そんなのは論外である。
しかし、悲しいとき、悔しいとき、嬉しいときに、

泣くことを許さないのは、如何なものかと。
例えば身内や友人が死んだ場合、泣くのは許されないのか。
甲子園で敗れた高校球児が泣くのは許されないのか。
努力が報われた瞬間に泣くことは許されないのか。
許されない訳がない。
否、そこで涙を堪えるほうが不自然である。
悲しみ堪えて微笑むよりも、涙流して泣くほうがいいのである。
要するに、男が泣くとき、そこには時間的背景が存在する。
見知らぬ他人が死んだって、泣くはずがない。
死んだ人間との思い出と共に、

悲しみは込み上げるのである。
血と汗に塗れた3年間の思い出と共に、

悔しさは込み上げるのである。
人知れず努力と我慢を繰り返した日々の思い出と共に、

喜びは込み上げるのである。
例えば、子供が産まれた場合、泣く男がそこにはいるだろう。
しかしそれは、子供の誕生という現象に感動しているだけではない。
子供の誕生を楽しみにしていた妻を知っているが故に、

涙するのである。
そう、来たる11月1日。
新婦の隣で感動の涙を流している新郎は、

決して許されないものではない。