黄 昏 ハ ン ド メ イ ド 。 -7ページ目

黄 昏 ハ ン ド メ イ ド 。

耕 せ ば ま た よ み が え る 星 だ か ら ぼ く ら は 両 手 を も っ て 生 ま れ た

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「パレードへようこそ」

原題:PRIDE

公開:2014年

製作国:イギリス

監督:マシュー・ワーカス

脚本:ステファン・ベレズフォード

出演:ベン・シュネッツァー

        ジョージ・マッケイ

        ビル・ナイ

        イメルダ・スタウントン

 

 

1984年、不況に苦しむイギリスは、サッチャー首相のもと20か所の炭鉱閉鎖案を発表。

 

炭鉱労働者たちは抗議のストライキを続けていた。

 

それをテレビで観ていたのは、ロンドンで暮らすゲイのマーク。

 

彼らの敵は自分たちと同じと感じたマークは、「LGSM(炭坑夫支援レズビアン&ゲイ会)」を発足。

 

街に立ち、募金を呼びかけ始める。

 

 

1984年といえば、クリス・スミスがイギリス議会で初めて同性愛者であることを公表した年だ。

 

1969年のストーンウォールの反乱以降「ゲイ・プライド」という概念は一気に広まり、80年代には世界各地で「ゲイ・プライド・パレード」が行われた。

 

今まで根拠のない差別や偏見に耐えるしかなかったLGBTが、権利を求め声を上げ始めた時代だ。

 

しかしそれは裏返せば、世間の人々はまだLGBTに対し強い偏見を持っていた時代ともいえる。

 

この映画はそんな時代に実際にあった物語なのだ。

 

 

マークをはじめ、パレードに参加するようなLGBTは偏見を恐れない。

 

だからこそ、同じ様に権利を訴える炭鉱労働者たちに支援の手を差し伸べる。

 

どう思われるかなんて問題じゃない。自分がそうしたいから、そうするのだ。

 

しかしジョーのようにゲイであることを誰にも打ち明けられず、一人苦しんでいる人もいる。

 

この映画ではそんな二人が同じように丁寧に描かれている。

 

そして、ビル・ナイとイメルダ・スタウントンという2人の名優が、この作品を引き締めてくれている。

 

 

この作品は、炭鉱労働者たちとLGBTたちを対比的に描いているようで、決してそうではない。

 

最初はそこに大きな壁があるようだが、それぞれに様々な悩みや考え方を持っており、それが混在しているのだと気づく。

 

そしてそこに本当は壁がないのだと教えてくれるのは、LGBTではなく、炭鉱の女たちであることが面白い。

 

彼女たちの底抜けの明るさは、炭鉱の男たち、LGBTたち、そして観ている私たちすべての氷を融かす太陽だった。

 

 

エンタメ性も高く楽しんで観られたが、ラストでこれが実話なのだと、ちゃんと現実に引き戻してくれる。

 

それから30年。世界はどれだけ変わっただろうか。人々の意識はどれだけ変わっただろうか。

 

炭鉱労働者たちが「Bread and Roses」を歌うシーンは本当に感動的だった。

 

 

原題となっている「プライド」には、人々の性的指向や性自認に誇りを持つという考え方があり、彼らを長年苦しめてきた「羞恥」という言葉と対比する意味がある。

 

そしてLGBT文化を讃え、プライド・パレードを行っているのだ。

 

LGBTにとって大きな意味を持つこの言葉が邦題で使われなかったのは残念に思う。

 

でも、だからといって、この映画の素晴らしさは色あせない。

 

この映画はこれから先も、私たちの周りにある様々な壁が、幻であることを教えてくれるだろう。

 

プライド・パレードは、今年も世界中で行われる。

 


 

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「草原の実験」

原題:ISPYTANIE
公開:2014年
製作国:ロシア
監督:アレクサンドル・コット
脚本:アレクサンドル・コット
出演:エレーナ・アン
         ダニーラ・ラッソマーフィン
         カリーム・パカチャコーフ


何もない草原に立つ1本の木と小さな家。

そこで父と暮らす少女と、彼女を慕う2人の少年。

何気ない毎日は、永遠に続くんだと思っていた。


「草原」と「実験」

一見かけ離れたようなふたつの世界が、たった一文字で繋がるとき、私たちは驚愕する。

その意味を知り、震える。


あまり多くを書きたくはありません。

もしこの映画のことを知らないなら、もうこれ以上読まずに、なにも知ろうとせずに、今すぐにでも観てほしい。

レビューを読むのは、観てからで充分です。


以下垂れ流し。


冒頭から、映像の美しさに完全に心を奪われた。

計算され尽くした構図。何かを待つように時間をかけて移り変わる場面。美しい少女。

初めから言葉なんて無かったかのような世界。言葉って、どんな時に使うんだっけ。


始まって数分後には、もうDVDを買おうと思っていたし、これから先どんな展開になっても、この映画は絶対好きだと思った。

でもこの映画のもつ力は、それに留まらなかった。

最後まで観たとき、私は混乱した。映画の結末にではなく、自分のなかの何かが崩れていくような感覚に。


私はこの映画を、自分のどこに置いていいのかわからない。

好きな映画とか、いい映画とか、なんかそういうものをぽーんと飛び越えてしまったような感じ。

でも焦ることはない。これから何度も観て、何度も向き合っていくのだから。


この映画は、私のいろんなものを覆して崩していった。

でもだからこそ、私はもう一度、ひとつひとつを大切に積み上げることができる。

今はそんな気分だ。







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「ハッピーエンドの選び方」

 

 
原題:The Farewell Party
公開:2014年
製作国:イスラエル
監督:シャロン・マイモン
        タル・グラニット
脚本:シャロン・マイモン
        タル・グラニット
出演:ゼーブ・リバシュ
        レバーナ・フィンケルシュタイン
        アリサ・ローゼン
 
 
エルサレムの老人ホームで妻とともに暮らすヨヘスケル。
 
発明が趣味の彼は妻や友人たちのため、神様と話せる電話(神様役はヨヘスケル)や薬の時間を教えてくれる機会(時々壊れる)などを作っている。
 
ある日、末期がんで延命治療を受ける友人から、安らかに死ぬための発明をして欲しいと頼まれる。
 
初めは躊躇するヨヘスケルだったが、友人の苦しそうな姿を見て作ることを決意。自らボタンを押して死ぬことの出来る機械を作り、友人を見送った。
 
しかし内緒であったはずのその発明は、いつの間にか世間に知れ渡り、機械を貸してほしいという依頼が殺到してしまう。
 
そんなある日、妻レバーナに認知症の症状が現れ始める。徐々に自分を見失っていくレバーナの脳裏には、ある考えが浮かび始める。
 
 
邦題、ポスター、予告詐欺であることは知っていたが、それでも「詐欺だ!」と叫びたくなるほどの詐欺っぷりだった。
 
今回レビューを書くにあたって公式サイトも覗いてみたけど何あのほのぼの感(笑)
 
冒頭に貼ったポスターは原題とも合っていてすごくいいんだけどなぁ…日本ではこのポスターでは宣伝しづらいのかね。
 
 
この映画のテーマは「尊厳死」である。
 
この重いテーマに、ブラックな笑いをこれでもかと詰め込んでくるあたり好き嫌いが分かれそうだが、個人的にはすんなり受け入れることができた。
 
末期がん患者の描写がつらい。たくさんのチューブに繋がれ、ひとりで寝返りを打つこともできない。あるのは苦しみだけ。
 
本人がつらいのはもちろんだが、見ている奥さんも相当つらいだろう。
 
「死なせない」ことが平均寿命を上げ、それを健康国家と呼ぶ。そこに違和感を覚えるのは私たち日本人だけではないようだ。
 
 
私の祖父もがんを患い、病院でたくさんのチューブに繋がれたまま亡くなった。
 
もちろんひとりで寝返りを打てず、お尻は床ずれで血だらけだった。
 
亡くなった直後、解剖をさせてほしいと言ってきた病院に、娘である私の母は「これ以上苦しめないでください」と断ったそうだ。
 
 
近年、日本でも盛んにQOLが叫ばれるようになった。「死なせない」のではなく、「最期まで自分らしく生きる」そんな世の中に、少しずつではあるが変わりつつある。
 
この作品は非常に極端ではあるが、そういった人間の尊厳を改めて考えさせてくれる。
 
そして夫婦愛や友情が素晴らしい。やはりいちばん悲しい最期というのは、ひとりぼっちで死ぬことかもしれないと思った。
 
 
こちらの予告もかなりネタバレですのでご注意ください。