出演:ブリー・ラーソン
しかし解放された彼女たちに待っていたのは、7年という歳月によって変わってしまった現実だ。
原題:Er ist wieder da
公開:2015年
製作国:ドイツ
監督:デヴィット・ヴェント
脚本:デヴィット・ヴェント
原作:「Er ist wieder da」
ティムール・ヴェルメシュ
出演:オリヴァー・マスッチ
ファビアン・ブッシュ
カッチャ・リーマン
現代にタイムスリップしたヒトラーが、リストラされたテレビプロデューサーと出会い、モノマネ芸人として大ブレイクするというお話。
ヒトラーやナチスをコメディとして扱う作品が増えてきているという。
そこには、戦後70年以上が経ち、ヒトラーをただ悪者としてでなくひとりの人間として描こうとする姿勢や、戦争を知らない若い世代へ向けてのアプローチといった経緯があるのかもしれない。
とはいえ、個人的には手に取ることはないであろう作品だったが、息子が観たいというので鑑賞。
正直言って序盤はコメディとして見ても惹きつけられるものがなく、途中で観るのを辞めようかとも思った。
しかし中盤から「ん?なんか変わってきたぞ?」と感じ、そこからは集中して観ることができた。
その大きなポイントとなったのは、やはりゲリラ的に撮影された、街の人々のリアルな反応だろう。
最初に行われたというこの撮影は、ドイツ中を車でまわり、380時間以上に及ぶ記録となった。
なるほど監督はこれがやりたかったのかと合点がいった。
そして「最初はみんな笑ってた」という言葉に、観客はふと我に返る。
「あれ、自分も笑ってなかったっけ」と。
そしてこれが遠い昔の出来事でも、遠い国の出来事でもないことに気づくのだ。
そうなると序盤のコメディ要素はもちろん、ポスターや予告など売り出し方もうまいなーという印象に変わる。
見た目で「面白そう!」と手に取った、うちの息子のような人ほど心に響くと思う。
歴史と向き合うことは、今と向き合うことでもある。
私たちは思っている以上に、危うい場所に立っているのかもしれない。
原題:ROSETTA
公開:1999年
製作国:ベルギー、フランス
監督、脚本:リュック・ダルデンヌ
ジャン=ピエール・ダルデンヌ出演:エミリー・ドゥケンヌ
ファブリッツィオ・ロンギーヌ
オリヴィエ・グルメ
トレーラーハウスでアル中の母と暮らす少女ロゼッタを、ただただ見つめる映画。
観客は映画が始まったとき、ロゼッタという少女と知り合う。
なにかに追われるように、何かを追いかけるように、忙しなく動き回るロゼッタをただ見つめる。
ダルデンヌ作品はいつも、見えないものを語らない。
観客は彼女の見える部分から、見えない部分を想像していく。
ロゼッタは常にギリギリだ。
そのギリギリさが、彼女がまだ幼いことを感じさせる。
普通なら友だちとファッション雑誌を読んで、欲しい洋服のために働くような年頃の彼女は、アル中の母と生きていくためにただただ働く。
食べることも、服を着ることも、生きることも楽しんでいない。
そこには、楽しめないというより楽しむことを拒否するかのような、幼さゆえの頑なさを感じる。
そんな少女が見えない何かと一心不乱に戦うことをやめ、ほんの少し周りを見た、その小さな変化が見事に切り取られている。
多くを語らず、何も解決しないダルデンヌ作品は、言わば不親切だ。
しかしだからこそ「映画を観た」というよりは、自分の人生がロゼッタの人生と、ほんの少しの間交わったような感覚になる。
今もどこかにトレーラーハウスがあって、その周りを忙しなく動き回るロゼッタがいる気がするのだ。
私はそういうダルデンヌ作品が好きだ。
たくさんの映画を観てダルデンヌ作品に戻ってくると、説明されないことがとても心地いいのだ。
いつかまたどこかで、少し大人になったロゼッタと、人生が交わる瞬間があるかもしれない。
そんな気がしてならない。